14-90:愚鈍なる君 上
最奥と思しき空間は、一室としては広大と形容するのが適切だろうか。円柱状の空間であり、こちらから反対までの直径は二百メートルほどと思われる。距離に対する感覚は割とある方である自分がその距離を断定できないのは、その中心に円柱状の巨大な塔がそびえ立っており、反対の壁が見えないためだ。
円の直径よりも柱の高低差の方が長大だ。ここから天井までの高さはまた三百メートルほどだが、むしろ底の方が長大である――今自分たちが立っているのは円状の空間における鉄橋部分であり、真ん中にそびえる塔は下部まで伸びており、その底まではキロメートル単位もの長さがあり、その底は自分も目でも目視が出来ない程である。
そしてその中央にそびえ立つ柱こそが、ダニエル・ゴードンの本体が納められている城なのだろう。城というのが適切かは分からないが――その外観は雑然としたもので、恐らくは最初に作った規格から徐々に外付けをして改良して言ったせいなのだろうが、配線や釘や螺子、それに冷却用のファンのようなものなど、様々な機械が無理やり繋ぎ合わされた寄せ集めのような見た目になっている。
そしてその中央の柱に対して、円状の空間の壁からまた巨大な配線が無数に伸びている。この莫大な機構を維持するために、月の至る所からエネルギーが送られてきているのか、はたまた優秀極まる城主がこの配線を通して月の至る所に指示を送っているのか――恐らくは両方だろうと推察される。
ともかく、この空間の存在感に圧倒されていると、ミニチュアのレムが浮遊して自分達の前へと移動し、振り返って口を開いた。
「皆さん、あまりに威力のある攻撃は抑えてください……アレを破壊してしまうと、月の機能が失われてしまうかもしれませんから」
「どういうことだ?」
「あの中央の機器は、遥か下まで伸びています。チェンが事前に説明してくれましたが、月を制御するためのモノリスと直結しているのです。モノリスそのものは簡単には破壊されないでしょうが、中央を統制するコンピューターが破壊されれば、惑星レムへの影響を無視できません……気象コントロールが破壊される他、最悪の場合は月の軌道そのものに変化が生じてしまう恐れもあります」
惑星レムは人工の月のおかげで、人の住める環境になっている。それが無くなるということは、最後の世代が入植する以前に戻るということであり、ある意味では自然に還るだけとも言えるが――月がその制御を失うことは、自分が守りたい惑星レムの姿を失わせることになるというのは間違いない。
なればこそ、そもそも月を攻めるという行為が、ある意味では惑星レムを人質に取られているという行為であるということを改めて意識させられる。しかし、それならどうすれば良いのか――同じように思ったのか、グロリアがレムに自分の思考そのままの質問をした。
「この機器の中にあるであろう、ダニエル・ゴードンの本体のみを倒すのが理想とは言えますね。ひとまず、あの中央の機器の基幹を破壊することは避けるべきです」
「しかし、あの大きな機械のどこに本体が居るかとなると……」
「……いえ、本体の場所は分かります」
グロリアの言葉を遮って、クラウディアが塔のある一点を指さした。彼女が指を指したのは、鉄橋よりも遥か下、恐らく塔の中央当たりになるのだろうが――これをある種の巨大なコンピューターと定義するのであれば、それ統制するとなれば真ん中が良いのだろうし、彼女が示した場所は自分も何者かの意識を強く感じる場所でもある。
あんな場所だと、自分としては攻撃しにくい。場所が下なので投擲で狙えなくもないが、それでも流石に数百メートル離れている距離を寸分の狂いもなく狙うのは無理があるし、EMPナイフ程度では傷つけられもしないだろう。それなら、浮遊のできるソフィアとグロリアに行ってもらうのが良さそうだが――そもそも現状があまりに静かすぎて、本体への下手な接近は罠という可能性も否定は出来ない。
そう思った瞬間、クラウディアが指さしている箇所から感じていた気配が一層強くなった。それは冷酷な殺気というより怯えに近い。追い詰められた獣が防衛本能故に抵抗しようとしているという感じであるが、本来は万年を生きた巨人というより、窮鼠という方が的確な様に感じられるが――ともかく、気配のする下からの攻撃に備えることにする。
「……アラン! ぼさっとしてないで!」
グロリアの声が上の方から聞こえた。見上げた直後、ソフィアが氷炎の翼で自分たちの上へと飛翔し、突如として上空から降り注いでくる稲妻を結界で防いでくれた。ソフィアが伸ばす手の先、激しい光の向こう側に、僅かにだが魔法陣が浮かんでいるのが見える――そしてその攻撃は自分たちを狙いすましていたものでなく、
攻撃が止んだ瞬間、自分は驚きに目を見開いて上を見ているクラウディアの方へと急ぎ振り返った。




