表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
942/992

14-89:魔術神の本性 下

「以前、ダニエル・ゴードンは思考領域を三つに分割していると言っていた……先日、海と月の塔で倒したのはそのうちの一つで、彼の理性部分に相当する部分。コンピューターにたとえるなら、これはOSのような役割。もう一つは、単純に思考を補佐する領域……ここがCPUと広大なメモリ、それにストレージを担っているんだと思う。

 思考領域が三つあるとするなら、もう一つも補助的な領域と考えるのが自然だけど……ただ、この補佐的な領域は、別にわざわざもう一つに分割する必要性はないはずなんだよ。一つある補助的な領域を拡張するって手段だってある訳だしね」

「それじゃあ、最後の一つの思考領域は不要だったってこと?」


 エルの質問に対し、ソフィアは小さく首を振って応える。


「補佐領域を分割する必要はないけれど、指令系統を分ける意味はある。とくに、七柱のように人格を転写中にやられてしまう危険性がある場合は、猶更……要するに、急に動けなくなった時に補佐的な人格があれば安全性が向上するから。

 乱暴だけど分かりやすく言うのなら、この一年間のクラウさんとティアさんの関係性にも近いと思う。クラウさんが動けない間、ティアさんが動いていた、みたいな……」

「つまり、ダニエル・ゴードンは魔術神としての人格が眠っている時の保険として、もう一つの人格を生成してこの場を守っているということ?」

「それは、分からない……」

「まぁ、そうよね。先に進んでみなければ……」

「うぅん、そういう意味じゃないの。もしかしたら、私たちが見ていた魔術神アルジャーノンこそ、後から作られた人為的に作られた人格なのかもしれないって思って……」


 ソフィアの声は、段々と自信のない調子へと変わっていく。それはいつも持ち前の頭脳で明晰に話す様子からはかけ離れている。根拠が無い故に自信もないのかもしれないが――直感を言語化することによって確かな推測に変えようとしているのか、ソフィアは静かに話を続ける。


「たとえば、私が以前に二重思考をしていた時、外に出していたのは後付けした意識だった。それは七柱の創造神たちに対して疑問を持っている本来の自己を覗かれないようにするためだったんだ。

 つまり、後から生成する人格というのは、外に出すのに都合がいいから生成されるものの可能性があるかなって」

「……それじゃあ、この無邪気な気配は、本来のダニエル・ゴードンのものだってことか?」


 しかし、そう考えれば辻褄が合う部分はあるように思う。レムはゴードンの受けた施術は、多くの場合は一年程度でその知性を低下させたと言っていた――もしかしたら彼は、人格を人為的に分けることで、知能低下のリスクを避けていた可能性がある。


 ソフィアはこちらの言葉で確証を得たのか、ゆっくり深く頷く。


「消したくても消すことは出来なかった本性……それが本来の彼だから。だから、隠しておくしかなかった。誰にも見られない場所に押し込んでおくしかなかった。それが、この先に待ち受けているもの……そんな気がするんだ」


 少女は言葉を切り、そして今度はどこか悲し気な瞳で通路の先へと視線を戻した。自分を含めたメンバーはしばらくそんなソフィアを眺め、ややあってからエルが一歩前に出て「ソフィアの予測が事実だとするなら」と切り出す。


「それなら今のダニエル・ゴードンには魔術を行使できるような知能は無いと言えるかしら?」

「結論から言えば、恐らくその答えはノーだよ。確かに、魔術神アルジャーノンと呼ばれる人格は修復中であり、残っている人格の知能は高くはないかもしれない。でも、理論的に魔術を使うことは不可能じゃない。演算用の思考領域は別にあるから、ゴードンの本体に魔術を撃つ意志さえあれば、その行使自体はできるはずだよ

 もっとも、エルさんの予測通りだったとしても、ゴードンが自らの居城を守るために魔術以外の強力な防衛機能を準備しているのは間違いない。

 どちらにしても、その答えはこの先にある……そしてどの道、私たちに退路はない。そうなれば、慎重に進むしかないね」


 ソフィアはそう言って、目を細めながら通路の奥を見つめた。事前に共有されていたように、七柱たちの居城はなお広大な面積を誇っているらしく、目視ではその果ては見えないが――いずれにしても彼女の言う通り、自分たちに引き返す道はない。四人で頷き合い、何が出てきても直ぐに対応できるように自分が先行して通路を進むことにする。


 通路は長くはあるものの、そこで何某かの罠が設置されていたりとか、アンドロイド等による襲撃は無かった。ただ、時折こちらの動きに反応して隔壁が降りてきて、それの破壊が必要になる程度である。


 恐らく、これは侵入者が入って来た時のための時間稼ぎだろうとレムは推測していた。仮に本気で七柱同士が潰し合うことになった場合、アンドロイドは三原則によって最後の世代を攻撃できないし、生半可なトラップなどは容易に看破される――それ故に出来ることは「襲撃者が入ってきた」ということを認識して迎撃態勢を取ることくらいであり、逆説的に言えば最奥の迎撃だけで十二分だとゴードンは考えていたのかもしれない。


 そしてエルが七つ目の隔壁を切り刻んだ後、その奥にまた一際大きな扉が姿を現した。自分が先ほど無邪気と評した気配が一層濃くなった気配を感じる。恐らく、あの扉の先が自分達の第一の――もちろん最終目標は右京だ――目的地であり、魔術神アルジャーノンと呼ばれた男の本性が隠されている場所である。


「それじゃあ、開けるわよ」

「明けた瞬間ズドン! もあると思うので、皆さんは私の後ろにいてください」


 エルが真剣の柄に手をかけ、クラウディアがメンバーの一番前に出て突然の攻撃に備える。翡翠色の剣閃が通路を走り、扉が両断される。しかし、扉が破壊されてなお、予想していたような迎撃は無かった。あまりに攻撃性が見られないので、皆少し困惑したように顔を示し合わせたが、ここで手をこまねいていても仕方ないと、扉の奥へと足を進めることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ