14-88:魔術神の本性 中
「レム、地上の様子はどうだ?」
しばらく通路を進んだタイミングで、グロリアと反対側のソフィアの肩に乗っている――自分がADAMsでせわしなく動いているので、彼女の所が落ち着くらしい――レムに質問を投げかける。単純に疑問に思ったのもそうだが、果たして自分たちがやっていることが手遅れになっていないか確認する意味合いもある。
声を掛けられたレムは、少し目を瞑り――地上からの通信を受けるのにラグがあるのだろう――そして小さく頷いた。
「今の所、目立った変化はありません。同時に、解析は進めているのですが、やはりメカニズムの原因究明はできていないので、次にいつ起こるのか、どの程度の規模間で起こるのか、そういったことは未だに不明なままです」
「それじゃあ、俺たちにできることは急ぐことってくらいことだな」
要するに状況は代わりに無い訳だが、すでに出発から二時間以上経過している。次がもういつ起きてもおかしくない――そう思いながら足を速めることにする。敵の気配を感じ次第、自分が先行して敵機を倒して戻るという構図は変わりないが、少女たちも歩調を早めて進んでくれており――以前はこういう時にソフィアが遅れがちだったが、この一年で身長も伸びて体力も増えたことで、エルやクラウディアと並んでも遜色のない速度で走り続けてくれているのがなんだか印象的だった。
そしてしばらく走り進んだ先で、一層大きな扉が自分たちの前に現れた。解除コードももちろんあるのだろうが、流石に互いを警戒する七柱達が自分を守るために作った最高級のセキュリティがあるはずであり、更にこれを作ったのが最高の知能を持つ魔術神アルジャーノンであるとすれば、それを解読している暇などはない。
とはいえ、今の自分にこの扉を破壊できるだけの攻撃力もない――変身すればいけるかもしれないが、それは温存しておけと言われているし、自分でなくともこの堅牢な扉を物理的に破壊できるだけのメンバーは他にもいる。振り向いてエルの方を見ると、彼女は無言のまま頷いて翡翠の太刀を鞘から抜き出して目にもとまらぬ速さでそれを振り抜くと、巨大な扉に幾筋も線が走り、あとは不均等な瓦礫となってその場に崩れ落ちた。
瓦礫の先には、またしばらく今までのような白い壁の通路が続いている。その中へと足を踏み入れようとすると、レムが「少し待ってください」と言いながら浮遊しながら自分たちの前へと移動した。
「さて、皆さん。この先こそダニエル・ゴードンの本体が眠っている彼の領域……とくに学院の長として社会に溶け込んでいた彼は、死亡のリスクは他の七柱と比較して高かった。そんな彼だからこそ、もしものケースに備えて、ここには堅牢な守りがあることが予想されます。
彼の意識は止まっているゆえに、対応力こそ堕ちるとは思われますが、それでもどうか油断せずに進んで欲しいのです」
そう言われて、改めてレムの後ろに続く通路に意識を向ける。自分が感じているものを同じように感じているのだろう、先ほどまでふざけた調子だったクラウディアが口元を引き結び、一歩前へと進んでこちらに視線を寄越す。
「なんだか、この先からは奇妙な気配を感じます。今まで感じたことが無いような……アラン君も感じていますか?」
「あぁ……何というか、無邪気な殺気というか……強いて言えば、敵対していた時のジブリールに近いか。ただ、万年の時を生きたジジイが発する気配とすると妙な感じはするな」
「アラン君には、そう感じられるんですね……私には、なんだか悲し気な感じと、怒りを感じると言いますか……そうですね、強いてを言えば、癇癪を起している子供がいるような、そんな気配を感じるんです」
どちらにしても、幼さを感じるという点では共通しているかもしれませんね、クラウディアはそう言葉を繋げて瓦礫の先を見据えた。自分たちの評価に疑問を覚えたのか、エルは眉をひそめながら自分とクラウディアを交互に見てくる。
「でも、おかしいんじゃない? ダニエル・ゴードンは先日の戦いで意識を回復中なはずでしょう? それなのに、気配を感じるなんて……」
「うぅん、エルさん。私に心当たりがあるよ」
エルの疑問を切ったのはソフィアだった。彼女には他者の意志を感じ取る能力はないはずだし、ゴードンの人となりについても自分やエルの方が――リーゼロッテの記憶を継承しているから――詳しいように思うのだが。それでも彼女にしか知りえない、または賢い彼女にしか理解しえないことがあるのだろう、ソフィアも通路の奥へとその碧眼を向けて口を開く。




