14-87:魔術神の本性 上
「皆さん、ズルいと思うんですよ」
ダニエル・ゴードンの居城を目指す途中、先行して潜んでいる第五世代型を倒して戻ってくると、出し抜けにクラウディアが腕を組みながら何やら意味深そうに呟いた。
彼女は真剣なことほど重くならないように少し軽い調子で話す癖がある。逆を言えば、今やたらと真剣な様子なのはくだらないことを考えているに違いない。それを他の者も分かっているのか、エルは眉間をつまみながらクラウディアに対して質問を返す。
「えぇっと、アナタは何を言っているかしら?」
「エルさんは狼じゃないですか? それに、虎、鳥と……なんだか皆さん格好いい動物に模したコードネーム的な物があって、羨ましいなぁと」
私にだけそう言うの無いじゃないですか? クラウディアはそう続けて後、「よよよ」とわざとらしく呟きながら目元を袖で隠した。やはりくだらないことだったので無視して構わないかとも思ったのだが、心優しき我らが准将殿が緑の隣に並び、微笑みを浮かべた。
「それじゃあ、クラウさんも何か動物を模したコードネームを作ればいいんじゃないかな?」
「それはそうかもですけど、コードネームとか二つ名を自称すると痛い奴って感じがするじゃないですか」
「でも、以前は大聖堂の異端者を自称していたよね?」
「むむっ、それはそうなんですが……あの頃は私も若かったので、そういうのに抵抗が無かったと言いますか……でもですね、冷静に思い返すと、こういうのはやっぱり人からつけてもらってこそ価値があると思うんです」
そこで言葉を切り、クラウディアはこちらにチラ、と視線を送ってきた。自分に何か動物を模したコードネームを付けろと言うのか――別に本気で考えているわけでもないのだが、ひとまず何か思いついたら言ってやろうと彼女の方を見つめると、やはりその身体的な特徴の中でもとりわけ自己主張の激しい部分が視界に入ってきた。
「……アラン君、牛とか思っているでしょう?」
呆れたような低めの声にぎくりとして視線を上げると、あからさまな侮蔑の色が彼女の顔に浮かんでいた。
「いいや、そんなことはないぞ?」
「声が上ずってますよ、まったく……」
クラウディアはそう言いながらも、腰に手を当てて胸部を更に突き出して見せた。そんな態度なら余計に視線が向いてしまうのだが――なんだかソフィアの方から冷たい気配を感じて冷静に戻り、咳ばらいを一つしてから適当な言い訳を並べることにする。
「しかし、牛だって立派な動物だろう」
「それはそうですけど……なんというか、牛だとちょっと攻撃性が薄いと言いますか。いえ、角とかあって強い部分があるのも認めはするんですけど、もう少しこう、格好良さが欲しくなるじゃないですか?」
牛という種族を慮ってか婉曲的に断ってきているが、クラウディアの言いたいことも分からないでもない。思春期特有の少年的な感性をその大きな胸に宿している彼女としては、もっとそれっぽい動物のコードネームを欲しいと思っているということなのだろう。自分が彼女の立場だとして、牛と言われても「そうじゃない」というに違いない。
しかし、狼や虎、それに鳥と並ぶ格好いい動物と言えば何があるか。ふと蛇が思い浮かんだが、それは狡猾なイメージがあるし、クラウディアには相応しくない。そんな風に考えている傍らで、ソフィアの肩に止まっているグロリアがクラウディアの方を見つめて嘴を動かし始める。
「それなら、龍でいいんじゃない? セイリュウことホークウィンドの技を継いでいるわけだし」
「おぉ、確かに! それは良い感じですね! これで動物園チームが結成できますね!」
「龍のいる動物園……物騒ね……」
クラウディアは折角良い感じの動物を出してくれたグロリアの言い分を無視して、「アチョー」と言いながら拳法家っぽいポーズを取っている。元々は忍者を目指していた彼女がアチョーも違う気もするのだが、ホークウィンドがアチョーな奴だったし、まぁいいのか――そんな風に思っていると、エルがまた眉間を指でつまみながら首を横に振った。
「まったく、アナタ達は呑気というか、マイペースというか……」
「まぁまぁ、エルさん。良いんじゃないかな? 変に緊張もしていないという証拠でもあるし、それになんだか皆が戻ってきた! って感じがするし」
ソフィアはそう言いながら、エルの横に並んで朗らかな笑顔を浮かべた。ソフィアの言うことに自分としては共感であり、この感じはなんだか懐かしさを覚える。クラウディアがとぼけて、ソフィアが適度にかき乱し――時には天然で、時には狙って――それに対してエルが呆れて突っ込みを入れる。自分たちはこんな風に役割分担をしながら旅をしてきた。それがしばらくの間は欠員が居たり、精神的に余裕が無かったりして、こうやって楽しく会話をすることを久しくできてなかったが、ある意味では決戦を前にいつもの調子を取り戻せたのは嬉しいことと言える。
クラウディアは結構周りに気を使うタイプなので、もしかしたらみんなの緊張がほぐれる様に敢えてボケてみせてくれたのかも。そうでなくとも、実は疲労が蓄積しており、いい加減な態度を取って誤魔化しているのかも――などとも思ったが、相変わらずアチョーとのたまいながらうろうろしているので、本当に何にも考えていないだけな気がしてきた。
ともかくそんな調子で森林地帯を抜け、再び白い壁に覆われた未来的な通路にさしかかる頃には、第五世代型による迎撃はかなり散発的になっており、少し落ち着けるようになってきていた。




