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14-82:少女地獄 上

「黙って聞いていれば、邪悪だのなんだの好きかって言いおって……貴様ら、後悔させてやるぞ!」


 広大な室内に響き渡る声に対し、チェン・ジュンダーは辺りを見回しながら――声は複数のスピーカーから出ているようであり、その出所を一か所に絞れない――無表情のまま口を開いた。


「ようやっとお出迎えですか、ローザ・オールディス。てっきりここまで追い詰められて、もう諦めたのかと思いましたよ」

「はっ! 何度も妾を取り逃がしているのは貴様が言っても説得力もないがな!」


 再びローザの声が室内に反響する。その人をなめ腐った様子は以前の傲慢さを取り戻している――少なくとも、追い詰められているという焦りは感じられなかった。そうなると、自らの居城における防衛に関しては絶対の自信があるということか。とはいえ――。


「……もはや遠慮することはありません。T3!」


 チェンの指示に従って奥歯を噛み、背から精霊弓を取り出して正面奥にある扉に向かって光の矢を放つ。そう、仮に相手にどんな策があろうとも、ここまで来たらローザ・オールディスの本体を仕留めれば良いだけだ。少なくとも奴の本体も、周りの少女たちと同じようにシリンダーの中に浮かんでいるはずである。そうなれば、本体の前にさえ辿り着ければ偽りの女神ルーナに抵抗する術はない訳だし、一気にトドメを指すこともできる。


 そして恐らく、ローザの本体が座すのは、あの扉の奥のはずだ。放たれた光の矢が扉を破壊し、その残骸が塵となってゆっくりと舞っている場所を目指して疾駆する。しかし、こちらの進撃は、通路部分へと入る直前、塵の奥から迫ってくる気配にとん挫させられる――奥で控えていたのだろう、天使長ルシフェルが姿を現し、腰の長剣に手を掛けながらこちらへと突貫してきたためだ。


 相手の横薙ぎの一撃を右に跳躍して躱し、通路から躍り出る天使長に向かって弓を向ける。そのシルエットが見えた瞬間に出力を上げて矢を撃つが、それはルシフェルが手をかざして展開するバリアによって霧散し――反撃に放たれた光線をこちらも横に跳躍して躱した瞬間、こちらの視神経の限界に到達した。


「やはり潜んでいたか」


 こちらの言葉に対し、ルシフェルは無言を貫いた。確かに「ルーナ様には指一本触れさせません」などと言えばあの奥に本体が居ることを示唆することになるし、何も言わない方が都合も良いのだろうが――しかし、いつもの人をなめ腐った態度が完全に消失してしまっていることが気に掛かる。


 元より肉の器に無い第五世代型であるルシフェルには人と同じような感情は無いというのが正確なのだろうが、それでも最高の第五世代であるという誇りと、そこから他者を嘲り笑う狡猾さとは持っているように思われた。しかし、今のルシフェルからはそういったものは感じられない。むしろ、何かに怯えて緊張している、という雰囲気すら覚える。


 周囲の状況を改めて確認すると、どうやら飛び出してきたルシフェルは一体だけのようだ。仲間たちの方にはまだ敵の手は伸びておらず――チェンは臨戦態勢に入ったのか袖から腕を出して構えを取った。


「部下に全てを任せて、貴女は隠れているつもりですか? いい加減、姿を現したらどうです?」

「くっくっく……妾は既に貴様らの前にいるぞよ?」

「……なんですって?」

「愚かよのぉ、チェン・ジュンダー。貴様ら全員、まんまと妾の罠にはまったとも知らずに!」


 訝しむ様な表情を浮かべていたチェンは、ローザの最後の一言でハッとした表情になり、すぐに慌てたように周囲を見回して、離れた自分にも届くように大きく口を開いた。


「皆さん! 周りのシリンダーを可能な限り破壊してください! 今すぐ!」

「……させません!」


 ADAMsを起動する直前に聞こえたのは、慌てるようなルシフェルの声だった。音の消えた世界の中で目の前の一機が長剣をこちらへと肉薄してきたので、こちらは精霊魔法で風の刃を創り出し、それでルシフェルの攻撃を受け止める。その間に周りのシリンダーを破壊しようと弓を構えるが、しかしルシフェルは魔法によってその身が傷つくことも恐れずに――実際にその身を傷つけながらも――こちらへと突貫してきた。


 その一心不乱な様子に、こちらも周囲の破壊をしている場合ではなくなり、ルシフェルの方へと向き直って相手の攻撃に対処せざるを得なくなる。仲間の方も同じような状況で、もう一機のルシフェルが先ほどの扉の奥から躍り出てきたのと同時に、攻撃準備に移っていた仲間たちを阻害したため、彼らの方も防御のために周囲のシリンダーを破壊することは出来なかったようだ。


 そして、その間に異様なことが起こり始める。チェンが破壊せよと命じたシリンダーを満たす液体が、徐々に減っていっているのが確認でき――ADAMsを起動している間ではその減少はゆっくりに見えるが、どうやら管の下へと液体が流れ落ちていっているようだった。


 二機のルシフェルの必死の抵抗によって自分たちは周りへ攻撃することが出来ないまま、世界に音が戻ってくる。するとルシフェルの動きがピタリと止み、周囲のシリンダーの液体が一気に抜けていき、その中で浮かんでいた少女たちの肢体がガラスの向こうでぐったりと倒れ込んだ。そのうちの一体に目を向けると、ガラスにピッタリと額を当ててぐったりとしており――肩が少し揺れ始めると、その周囲の器たちも同様に動き始め、瓶詰の少女たちがガラスをたたき始め、そしてシリンダーを破壊して外へと飛び出してきた。

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