14-81:瓶詰の少女達 下
「これは……貴様が魔獣を研究していた部屋に似ているな、ゲンブ」
「それは否定しませんよ、魔王様。生物をシリンダーに閉じ込めているという行為そのものはまったく同一ですからね。それに、私の目的が崇高だったとも言いません。
ですが、これと完全に一緒にされるというのは、少々心外といいますか……あまり気分の良いものではありませんね」
そう言いながら、チェンは一つのシリンダーの前に立った。腕は袖に隠したまま――ガラスに触れることも無く、その中に浮かぶ少女の姿を細い目で睨みつけている。
「恐らく、皆さんも色々と思うことはあるでしょうが……この中で一番精神的にきているのは私でしょう。この瓶詰の少女達は、ローザ・オールディスのコンプレックスの裏返しのように思われるからです。私は、彼女の本来の外見を知っていますからね……」
そう言いながらチェンは歩みを進め、もう一つ隣のシリンダーの前に止まって、改めて液体の中に浮かぶ少女の身体を見上げた。
「別に、なりたい自分に変わろうとする努力や行為自体を否定する気はないのです。それは、生きる上で自分がそうあれかしと望むとおりに自らの意志で進んだ結果ですし……人は生まれを選べませんから、その中で認められない部分を修正するなど、やれる範囲で自己実現をしようとすることは、それこそ人の自由だと思うのです。
ですが、彼女は本来、外見や生まれに寄らずに人の平等を説いていた人物です。その内側には、結局は非情なコンプレックスがあり、この素体たちの存在自体が、彼女自身が強烈なルッキズムに縛られていたことの裏返しのように見える……その一貫性の無さに、改めて失望しているのかもしれません」
恐らく、チェンはもしも最初からローザが望む外見に産まれていれば、また違った生き方を選んでいたと言いたいのだろう。それは確かにその通りだとも思うが――ただ、仮にローザ・オールディスがこれらの少女のような外見を持って産まれていたとして、彼女はそれで満足だっただろうか? それは、また違う気もする。人という生き物は、結局は隣人が良く見えるもの。つまり一見美しく生まれたとしても、どこかしらに欠点を感じるものだろう。
それに、仮に外見に満足していたとしても、今度は能力的な不足からコンプレックスを覚えるかもしれない。もし能力に満足しても、今度は取り巻く人々との関係性に不満を抱く――そう考えれば、人の欲望には永久の充足などあり得ないのだ。
「……まぁ、驚くには値しません。たとえば、旧世界においても、ローザよりも前に人々の平等を実現するために旧体制に抗い、旧体制を破壊して新秩序を築いた人々が居ました。その指導者達は私有財産を禁じていたはずなのに、新しく樹立されたイデオロギーの中で腐敗し、否定はずした財産を持つようになる……人の闘争というのは願望に対するルサンチマン、つまり持たざる者が自分の精神を慰めるために持った攻撃性とも言えるのかもしれませんから。
どれだけ綺麗ごとで取り繕っても……いいえ、綺麗ごとで取り繕っているからこそ、その後ろには醜悪な人の本性が隠れている、結局はそんなのものなのでしょう」
もっと根源的な所で言えば、餓えに対する渇望が狩りという他種族への攻撃性を生んだと考えれば、確かに人とは元来そういうものなのかもしれない。生きていくには闘争が必須であり、他者から何かを奪うことでそれは成立する。
いや、狩りは人以外の生物も行うことを考えれば、生物の根源はそこに在るとすらいえるのかも――そんな風に考えていると、チェンの隣にブラッドベリが並び、巨漢がシリンダーの一つを指さした。
「……これらをどうするのだ?」
「どうもこうもしませんよ。趣味は悪いと思いますが、シリンダーの中で醸成されたこの娘たちに罪はない。これらは人造的に作られた素体であり、意志や魂は持ちませんが、別に望んで作られたわけでもなければ、破壊されるために作られたわけでもありませんから。
もちろん、ローザの転写先であることを考慮すれば破壊してしまった方が合理的とも言えるかもしれませんが……本体を倒せば、それだけで済む話です」
無論、管理者が居なくなれば朽ちていくだけでしょうが――チェン・ジュンダーはそう締めくくってシリンダーから離れ、訝しむように周囲を見回し始める。
「しかし、妙ですね……ここまで何の抵抗もなく我々を招き入れるとは。この先に本体があることを想定すれば、必ず迎撃されると思っていたのですが……セブンス、何か気配は感じませんか?」
「その、先ほどから変な感じはするんです……先ほど膨大に感じた邪悪な意識が、分散しているような……この部屋全体を覆っているようで、無数にあるように感じられるんです」
セブンスはチェンと並び、男と同じように周囲を見回している。その様子は、敵の気配の出所が分からないどころか、言葉の通りに一体や数体でなく、それこそ何十も何百も感じられるということなのだろう。
しかし、それでは数が合わない。仮にルシフェルが自分たちの予測を超えて何体も量産されていると言っても、同時に起動できるのは三体が限界であったはずだ。この予想は今までの動きから証明できる――仮に何十体も同時に動かせるとするのなら、もっと早いタイミングでルシフェルを一気に投入していればこちらが全滅していたはずであり、そうなると三体程度の並行処理が限界であるというのが自然であるからだ。
同時に、ルシフェル以外の第五世代型が完全迷彩で潜んでいるというのなら、それなら自分やセブンスが既にその存在を看破しているはずだ。何より、第五世代型の意識を「邪悪」と形容するのには違和感がある――彼らはある意味では質実剛健な兵士であり、その在り方はむしろ純粋だからだ。
そうなると、セブンスの持つ違和感の正体は何なのか――そう考えながら身構えていていると、突然四方からヒステリックな女の声が響きだしたのだった。




