14-76:月の内側 上
月の内部に侵入後、直ちには敵からの攻撃の手はなかった。三番ドックへ潜入してくるアンドロイドの類は居なかったし、その内部が無理やりに爆発させられるだとか、毒ガスが散布されるだとか言うことも無かった。逆にそれくらいの抵抗は予測していたのであるが――恐らくそう言った小手先は通用しないだろうと右京らも判断したのだろうとはレムの談である。
さて、敵からの迎撃のない間に潜入のための準備が速やかに行われた。熾天使達はこの場でノーチラスの防衛のために待機、シモンと魔族たち、レム配下の第五世代型達が帰りのための調整に当たることになっている。月からは軌道エレベーターを通じて惑星レムに戻ることも不可能でないし、その他にも脱出艇がいくつか存在するので、帰るだけならノーチラスを使う理由もないのだが――やはり作り上げた宇宙船で、魔王城のパーツを使っていることもあり、シモンや魔族たちにとってはノーチラスは愛着のある船となっている。それに、この先の戦い如何で軌道エレベーターが使えなくなるということも考えられるし、何よりも内部には多数の敵兵が配備されていることが想定されるので、ここが最も非戦闘員にとって安全な場所でもある。そういった複数の要素の兼ね合いにおいて、シモンたちはノーチラスに残る運びとなった。
イスラーフィールとジブリールの二人の熾天使は、海と月の塔を奪還したことで予備のパーツの回収に成功し、全盛期の力を取り戻している。「むしろ全盛期以上よ」とはジブリールの談だが――ともかく今の彼女たちなら信頼して船を任せられるし、並の第五世代型が押し寄せてきても船を護り切ってくれるだろうという安心感もあった。
シモンたちをノーチラスへと残し、手筈通りに自分たちは月の内部へと潜入する運びとなった。先ほど天井に穴を開けてしまったせいで無酸素状態と化したドック内はクラウディアの結界で通り抜け、通路へと続く隔壁はレムが――今は省エネモードらしく、手のひらサイズになっている――端末を操作して開けてくれ、その内部へと足を踏み入れた瞬間に、その奥で控えていた第五世代型の熱烈なる歓迎を受けた。
とはいえ、月に配備されている第五世代たちはとりわけ新しい装備や機能がある訳でもなく、その制圧は容易だ。とりわけ今の自分なら、骨や筋肉へのダメージを気にせずADAMsを起動できる。月の内部へと到るまでの戦闘において、ほとんど自分は役に立たなかったので――もちろん、ブラッドベリに言われて仲間たちを信用したという前提はあるが――その不足を補うべく、真っ先に敵陣へと駆けつけた。
そして通路の制圧が終わるころには、入ってきた隔壁が降ろされており、またレムが壁の端末を操作すると、ドッグ内に重力が発生して通気口から空気が送られてきて、ようやっと生身の人間が生息できる空間が創り出されたのだった。
その後はしばらく八人で行動を共にして月の中を進んだ。目的地へ最も近いドックからの移動といっても、その移動は十キロ単位になる。自分たちのように訓練されたメンバーが障害なく進めばそんなに時間もかからない距離ではあるが、通路に敵が密集していれば倒しながら進む必要があるし、各所では隔壁が降ろされていてそれを破壊したり解除したりする必要がある。
そのため、主に敵の殲滅は自分とT3が先導して大雑把に行い、撃ち漏らしはエルとナナコに任せ、隔壁の破壊はブラッドベリ、解除はチェンとレムが行った。ソフィアとクラウディアについては魔術弾と精神力というリソースが必要であるので、その力を温存してもらっている形である。自分も有事に備えて変身は温存しているが、敵の配置はそれでも問題ないものであった。
相手の布陣に関して、チェンは時間稼ぎのつもりだろうと予想していた。実際、確かに敵の数こそ多いが新しい武器や機構がある訳でもないし、隔壁についても破ること自体はそう難しくはない。同時に、進むだけなのに確かに時間は掛かるので、彼の予想は当たっていると思われる。
レムの予想では、次に意識を失う人々が増えるのはノーチラスが出発する時点であと三時間ほどだった。月まで着くのには予定通りの三十分、そして月の内部を目的地まで三分の一を進むのに既に一時間程かかっている。右京側にあとどれだけ時間が必要なのかは断言こそできないものの、仮にレムの予想通りであったとするのなら既に半分の時間が経過したのであり――最も長い惑星から月までの距離は踏破したというのにだ――それよりも早い時間で相手側の目的が達せられてしまう可能性すらある。もちろん、逆に右京がその目的を達するのにもっと時間が掛かる可能性もあるのだが、少なくともこれだけ時間稼ぎを徹底しているということは、もう数日かかるなどという楽観視だけは出来なさそうなことだけは確実だった。




