表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
928/992

14-75:月面の戦い 下

「第二艦隊と第四艦隊の残存戦力、並びに第五艦隊がこちらへ向かってきています」

「主砲は艦首からしか撃ちだせないし……どうするんだ!?」


 イスラーフィールの報告に、シモンが振り向きながらレムとチェンの方を交互に見た。艦長のわりに他人頼りと言えばそれまでだが、その態度は落ち着いたものであり、単純に自分より建設的な意見を出すであろう人物に伺いを立てているという雰囲気である。以前はどこか卑屈で頼りなかったシモンだが、むしろ餅は餅屋に任せる度量があるという点では、彼は艦長としての器をその内に秘めていたということなのだろう。


 シモンの質問に対し、レムが少し考える様に思考を巡らしていると、代わりにチェンが椅子の上で首を回して艦長の方へと視線を向けた。


「目的地まであと少しです。月の内部にさえ入ってしまえば、宇宙艦隊も我々のことは攻撃できませんから……三番ドックに無理やりにでも潜入しましょう」

「無理やりにでもって、ノーチラスを月面にぶつける気か!? 確かに、バリアをもう一度展開すれば、こっちは無事かもしれないが……」

「いいえ、シモン。もう少しだけスマートにいきますよ……荒っぽいことには変わりませんがね。ナイチンゲイル?」


 チェンがそう言いながら口角を上げると、スピーカーから二人の少女の声が聞こえ始める。


「アナタの考えていること、理解したわよチェン!」

「私たちが道を切り拓きます!」


 ナイチンゲイルの二人はそう言い残し、更にスピードを上げてノーチラスから離れていく。恐らく、向かったのは三番ドッグのある場所――そこに向かうがてら、また何筋もの稲妻が月面を走り、地表で爆発を起こしているのが見える。


 そしてスクリーンが切り替わり、カメラは豪速で月面の上を進む視点へと切り替わった。恐らく、アレはグロリアの視点だ。ナイチンゲイルは下方からの攻撃を空中機動で躱しながら、徐々に高度を落としていっているようだ。


 相対速度で考えれば、その動きはかなりの危険を伴う。恐らく、今の彼女の速度はマッハ5、それに対して地上からの攻撃は少女の方へ向かってきているのであり、相対速度で見れば敵弾の速度はその倍以上の危険度がある。


 しかしそんな恐ろしい弾幕の中、少女は一切怯むことなく、地表の一点を目指していく。聞こえてくるのは、少女の呼吸音のみ――結界と魔術でその身を覆っているが、その外はほぼ真空なので、音が伝播しないのだろう。小夜啼鳥の月面飛行のその静けさは、爆発や行き交う光線や少女の撃つ稲妻とで織り成される諸々の光とのコントラストにおいて、なんだか奇妙に感じられた。


 そして一層地表へと近づいた瞬間、巨大な魔法陣にカメラが叩きつけられ、一瞬だけ青白い光がパッと広がり――そして反転、今度は星々の大海に向かって急上昇を始め、そして地表から数百メートルの地点で急停止、そのまま彼女が眼下を見下ろすと、月面の一部分が凍結した川のように光っていた。いつものように巨大な氷柱ができていないのは、地表付近の空気がかなり薄いせいだろうが、確かに一定の範囲が極限の低温にさらされている。その幅は三十メートル、長さは三百メートル程。小夜啼鳥の二人は自らが凍らせた川を目掛けて急降下を始める。


「いくよグロリア!」

「任せなさい!」


 二人の気迫の籠った声がスピーカーから響き、それと同時に杖から立ち昇る巨大な赤い雷光が川を切り裂く様に振りだされた。以前ウリエルを倒したときに利用した熱衝撃を必殺技にまで昇華したということか――宇宙空間は真空なので、炎の代わりに高温の熱線を活用したのだろう。ソフィアが作り出した氷河がグロリアの炎雷によって溶かされ、月の表面の金属をいとも簡単に切り裂き、ちょうどノーチラス号が入り込めるだけの亀裂が月面に現れた。


 その映像の迫力にスクリーンに気を取られていたが、どうやらノーチラスの方もかなりの速度で前進を続けており、もはや機内からでもナイチンゲイルが切り拓いた穴が目視できる様になっていた。


「さぁシモン、後は艦長としての度量の見せどころですよ」

「あぁ、了解だ! イスラフィール、ジブリール! 船速を維持してあの穴の上まで接近してくれ!」


 シモンの威勢のいい命令に、イスラフィールは小さく頷き返し、ジブリールは「制御するのはこっちだっての!」と悪態をついた。ノーチラスは船首を下に傾けて前進し続け――こちらが開かれた穴を目指している間も、ナイチンゲイルは再び飛翔し、辺りから来るミサイルの迎撃を手伝ってくれている――そして徐々に船は減速を始め、ソフィアとグロリアがこじ開けた月の断面へと見事に船首から勢いよく突入した。


 三番ドックには宇宙船がすっぽり入るだけの広さがあるのだが、如何せん勢いよく内部に入ったので、船首部分が壁に激突する形での制止になった。壁や天井に備え付けられているクレーンや照明などがその衝撃で落下してきて、窓や甲板を叩いてきて、艦内にどことなく間抜けな音を響かせた。


「ふぅ……どんなもんですか」


 イスラ―フィールが頭を振ると、激しい振動で乱れた髪が綺麗に元通りになった。口角をあげてどことなく得意げな顔をしている熾天使に対し、チェンがゆっくりと諸手を叩く。


「いやはや、素晴らしいお手並み……しかし、合理主義者の貴女が随分と手荒なことをするようになったものですね」

「……郷に入りては郷に従え、貴方達の流儀に合わせただけです」


 露骨に嫌そうな顔をするイスラ―フィールに対して、チェンは「私もそんな乱暴なつもりはないのですが……」とにやけた顔で肩をすくめた。ともかく、内部へと侵入したことで右京側の宇宙艦隊はこちらへの迎撃の手を止めた――つまり、自分たちは成功率十パーセントの作戦に成功したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ