14-74:月面の戦い 上
「準備は良いな、ゲンブ」
「えぇ。ただ、私は魔王様ほど集中力はありませんので、大部分はお任せしたいのですが……」
「私は西側、貴様は東側だ」
チェンは「うひぃ」と小さく呻き、モニターに映っている無数の点に向けて意識を集中させているようだ。そして、その細い目が僅かに開き――ブラッドベリと共に掛け声をあげて手を掲げると、窓の外で巨大なミサイルのサーカスが始まった。ミサイル群はノーチラスに当たることなく、艦体の外で踊り、そして東から来たミサイルは西へと通り過ぎ、逆は逆――スクリーンに目を戻すとこちらへ飛来していた点は円の中心から外側へと向けて離れていき、そして適度な距離まで離れたタイミングで互いにぶつかり合った。
その結果、外ではミサイル同士が誘爆し、爆発の衝撃波がノーチラスを揺らした。チェンのブラッドベリの強力なサイオニックで、無理やりミサイルの弾道を変えてノーチラスを護ってくれたということになるのだろうが――恐らく念力で光線を曲げるのは難しいので、ミサイル相手だからこそ通用した戦法だとも言えるだろう。
しかし、数えるのも面倒な数、それもまた相応の速度で接近してくるミサイルの弾道を一気に変えたのだから、二人のその集中力たるや凄まじいものだ。流石に疲労したのではないか、そう思いながら男たちの方を見ると、二人とも余裕のある様子であり、チェンなどはワザとらしく「ふぅ」と大きくため息を吐いた。
「いやぁ、三日分の集中力を使い果たしてしまいましたよ……あとは若い者にお任せしたいですね」
チェンがそう言いながらブリッジの奥へ視線をやると、奥でイスラフィールが頷き、マイクへと顔を近づけた。
「ナイチンゲイル、出撃の準備を」
「準備はできています」
「了解です。それでは、その部屋の与圧を切ります……初めての宇宙戦闘になる訳ですから、気をつけてくださいね」
イスラフィールが作業をする傍ら、今度はスクリーンにソフィアとその肩に乗る機械の鳥の姿が映し出される。彼女は既にその身体に薄い膜を張っている。あれが宇宙服代わりになるらしい――宇宙服を着た方が安全だとは思うのだが、そもそも外でやれられればほぼ即死なので、動きやすさを取ったらしい。部屋の圧力が無くなったのか、次第にその身体が浮き始めた。
「それでは、ハッチを開きますよ」
「はい……ナイチンゲイル、出ます!」
彼女のいる部屋の壁が開き、中の空気が一気に外へと流れ出ているのだろう、彼女の綺麗な金の髪が激しく揺れ――そして少女はその背に炎と氷の翼を背負い、漆黒の空へと躍り出た。
その飛翔速度はノーチラスのそれよりも早いのだろう、彼女の姿はブリッジ前面の窓へと外へと現れ、そのまま船を先導する形で月面へ向けて急降下をしていく。
「イスラーフィール! 月の迎撃装置の位置を教えて!」
「了解です、機械鳥に位置情報を転送します」
グロリアの声がスピーカーから聞こえてすぐにイスラフィールは言われた通りにデータを転送したようだった。そして肩に止まっていた機械鳥が少女の持つ杖の先端と融合し、ソフィアの周りに六つの魔法陣が飛び交いだした。
「ロック完了、ソフィア!」
「全て貫く……ディザスター・ボルト!」
ソフィアが杖の先端で魔法陣を叩くと、幾筋にも伸びる無数の熱線が近づいてくる月面に向けて照射された。それらはノーチラスを攻撃してきている対空砲も貫きながら、地上の迎撃装置を薙ぎ払っていく。一帯の迎撃装置を破壊しつくしたのか、こちらへ向かってくる攻撃は止み――地表まであと二千メートルというところでソフィアと船は飛翔する向きを変え、地表と水平になって徐々に下降をしながら南に向けて飛翔を始めた。
まだ地平はかなり下にあるというのに、景色の移り変わりはかなり早いことから察するに、今のソフィアとノーチラスの速度はかなり早いものと想定される――地上と違ってここは重力が弱く真空状態に近いため、普段より速度を出しても負荷が無いということなのだろう。逆を言えば、確かに浮力で速度をコントロールしやすいソフィアたちと比べ、いつも1Gの制約の元で走ってきた自分は動きにくいであろうということは同意できる。
しばらく飛行を続けていくと、再び地表や彼方からの迎撃の手が回ってきた。地表からの攻撃はソフィアが迎え撃ち、遠方からの攻撃はもう一度チェンとブラッドベリが対応してその軌道を逸らしてくれた。その後は機関部のオーバーヒートが冷却されて自前のバリアが展開できるようになり、より盤石の状態が出来上がる――はずだった。




