14-72:一二〇XX年宇宙の旅 中
通信が一段落するのと同時に、艦首の先、窓の向こう側に人工の月が見え始める。その大きさは、地上から見上げた時よりも既にかなり大きい。惑星レムの衛星は二つあり、天然の月は母なる大地と同じような規模間と距離に浮かんでいる。それに対して人工の月の体積は天然のものよりも小さく、惑星レムの近くの軌道を回っている――地上においてオールディスの月が天然の月より大きく見えるのは、その体積よりも距離に寄る所が大きいのだろう。事前に見せられていたマルドゥークゲイザーの砲身とやらは、どうやら円の中心よりもかなり下方に位置しているようだ。つまり、この角度から侵入すれば、先ほどの衛星を撃墜さえしておけばマルドゥークゲイザーに狙い打たれることも無い、ということなのだろう。
とはいえ、それがいくら巨大に見えると言っても距離はまだまだある。それよりも前、ノーチラスと月の間に、まだ目視はできないが、敵の宇宙艦隊が展開していることが予想される。
そんなことを考えている間にもドンドンと月が迫ってきている。イスラーフィールが目の前で目まぐるしく動くホログラムを確認しながら――まだ大気圏を突破してから数分しか経っていないのに、展開が目まぐるしい――マイクに向かって口を近づけた。
「セブンス、そろそろ敵艦が配置されている予測地点です。砲身にエネルギーを充填させてください」
「分かりました! ふんぬー!」
モニターの向こう側でナナコが掛け声を上げるとともに、剣の柄から電流が走り、その先にある筒状の機械が唸りを上げて動き出した。ナナコたちが映っているスクリーンの隣にメーターが現れ、それがぐんぐんと上昇じ始め――そのゲージが臨界点を振り切ると、過剰なエネルギーが船首部分に集まっているのか、二人のいる部屋の灯りが赤く明滅しているのが見えた。
ジブリールがホロモニターの操作をすると、ノーチラスの艦首から巨大な砲身が現れる。砲身といっても、弾丸を撃ちだすような雰囲気ではなく、その棒状の全体が黄金色の粒子に覆われていた。
「T3さん!」
「貴様の束ねた魂の力……撃ちださせてもらう!」
T3はモニターをにらみながら両手でトリガーを握り、そしてある一点で手をピタリと止め――そして男がトリガーを引くと、砲身に集まっていたエネルギーが一気に前面へと放出された。
放出された金色の粒子は砲身の大きさよりも遥かに巨大な渦となって撃ちだされ――ナナコの束ねた一撃はただ直進するわけではなく、幾分か蛇行しながら突き進んでいく。その光が過ぎ去った場所には、確かに感じていた敵艦の
あれだけの威力があれば月すら破壊しかねないのではないかと思ったが、確かに金色の光線は指向性を持ち、月の手前でその威力を減衰させたようだ。同時に、人工の月もその防衛機能を作動させたのか、ラグナロクの一撃をそのバリアを展開させ、それで完全に防ぎきったようだった。
「状況確認。配備されていた第二艦隊の旗艦と巡洋艦と駆逐艦を一隻ずつ、並びに第四艦隊駆逐艦二隻を撃破」
「よぉし、後は手筈通りに一気に振り切るんだ!」
シモンが元気な声を上げて腕を振り上げたのと同じタイミングで、背筋に何か冷たいものが走る――なんとなくだが、上手く行き過ぎているように感じられるのもあるのだが、どこかから不穏な気配が、意志が感じられるのだ。
その意志の出どころを手繰り、不穏な気配を感じる方角へと指をさしながら、オペレーター達に聞こえるように大きな声をあげる。
「おい、あそこに向かって攻撃できないか!?」
「はぁ!? そんなざっくりな指摘でどうにかできるわけないでしょう!?」
ジブリールの突っ込みはもっともなのだが、自分としては他に表現もしようがない――しかし、脳裏にレムの「アランさん、アナタが怪しいと思う一点を注視してください」という声が聞こえ、自分はすぐに窓の外に見える一点を注視し続ける。
「ジブリール、銀河座標45.12345678、130.87654321に向かってをガンマレーザー発射してください」
「分かったわ!」
レムがこちらの視線から、かなり正確な座標を割り出してくれたようだ。それに従ってジブリールは手元のコンソールを叩き、自分が注視している方向に艦の横に取り付けられた砲身が向いた。その数秒後、モニターを注視しているイスラーフィールが驚きに目を見開く。
「マルドゥークゲイザー、再び動き出しました」
「今、私たちの航行している距離をすぐに狙える衛星はないはずじゃない……まさか!?」
ジブリールが驚きに声を挙げた瞬間、月の下方から極彩色のレーザーが下方に向けて撃ちだされた。それはまたいくつかの衛星を反射し、目の前で光の幾何学模様を創り出したが――最後にその光が向かった先には、こちらが撃ちだした青白いレーザーも向かっていた。
そしてマルドゥークゲイザーが撃ちだした光よりも早く、宇宙の一部分で爆発が起こる。結果として、極彩色のレーザーはその爆発を晴らして直進していき、そのまま宇宙の彼方まで突き進んでいった。




