14-66:月の女神が夢見るもの 中
「それだけではないぞ、妾は全く状況を共有されておらん……貴様がこの数日のあいだ何をしていたのか。迎撃の準備をしていたのではないのか?」
「迎撃、迎撃ね……」
「何を呆けておるのじゃ!? 我らが一万年に及ぶ壮大な計画が、低俗な賊らによってとん挫しようとしておるじゃぞ!?」
「はは……壮大な事には違いないだろうけれど、低俗なのは僕たちだと思うけれどね。僕らは自分たちのために犠牲もいとわないのに対し、彼らは何かを護るために戦っているんだから」
右京はただうわ言のようにそう続けた。まったく、こちらのことなど意に介していないようであり、あたかも独り言でも言っているかのように――そこに対しては自分が無下にされていることよりも不気味さが勝ったため、こちらはなおも冷静になってくる。
「……それだけではないぞ。貴様、何故光の巨人に向かってマルドゥークゲイザーを撃ったのじゃ? 貴様のことじゃ、無意味な行動ではあるまい? まさかとは思うが……」
その可能性はここ数日ずっと考えていた。星右京はついに悲願に手を伸ばしたのではないかと。無論、こうやって自分と取り合っているからにはまだ完全に手中に収めた訳でもないのだろうが、それでもここ数日連絡が取れなかった理由としては説明がつく。光の巨人を穿った一撃は、軌道エレベーターを上がっている時に自分も確認していた。まさかレム側に感化されて観念したわけでもあるまいし、この男のことだ、何某か理由があってやったことには違いないのだから。
右京は少し沈黙し、ややあってから観念したようにため息を吐き――それはこちらの疑念に対する肯定ととらえるべきだろう――返答してくる。
「兵力の有利はこちらにあるし、向こうはこちらの拠点に打って出る訳だから、本来は僕らの方が有利なわけだけれど……何せ、緻密な計算など無視してくる手合いが何人もいるからね。そう考えれば、恐らく彼らが月に来るのは免れないだろう。
そうなれば、残った三人……僕と君とゴードンとで、力を合わせないといけないよね」
「何を言っておる? ゴードンなど役に立つものか。確かに防衛プログラムは作動しておるじゃろうが、それだけ。ただのでくの坊に過ぎん」
「語弊があったね。つまり、使える物は何でも使うってだけの話さ。君の言う通り、宿願が目の前にあるんだから。
さて、君の予想通り、僕は幾分か高次元存在に連結することに成功した。マルドゥークゲイザーを撃ったのはそのためだし、ここ数日君の呼びかけに返事が出来なかったのは、その制御をするため……あともう少しで完璧にこの力を使いこなすことが出来るようになると思う」
そうともなれば話は変わってくる。高次元存在の力を我が物と出来れば、敵襲など恐れるに足らない。むしろ、何とかこの防壁を開けてもらって、右京からその力を奪ってしまうべきだろう。一応不慮の事態を想定すれば、一人でも味方は多い方が良いのだろうが――全ての時空間を掌握する力さえ手に入れば、その不慮の事態も起こりえない。玩具の鉄砲に対して光学兵器を準備するどころか、立ち向かって来る相手そのものを直ちに完全に消滅させることすらできるのだから。
とはいえ、今でも部分的にその力を掌握しているアルファルドをどうにかできるか。今星右京が宿っている素体は勇者シンイチをダビングしたものに過ぎない。一般的なアンドロイドのそれと比べれば強力と言えるが、完璧な第六世代型として作られた自分の素体と、最強の第五世代型とで挟撃すれば、十分な勝機はあるはずだ。
「……君が今考えていることを実行するのはおすすめしないね。高次元存在に送った量子ウイルスは、今の所は僕にしか制御することはできない。仮に君が今僕を葬ったところで、その理解のために優秀なルシフェルのAIやモノリスを用いた解析をしても、少なくとも数年は要するだろう。
それに対し、晴子たちは……レム達はもう一時間後には君が配備した月の第二艦隊並びに第四艦隊と交戦に入るだろう。その数分後には月の内部へと侵入してきて、部隊を二つに分けて進軍し、君とゴードンの居城を破って僕を止めに来ると思う。
罠を張り巡らせておくのは当然だけれど、そんなものをものともしない力推しな人達だからね。それに対して、あと三時間ほどあれば高次元存在を手中に納めることができる……少し足止めが出来れば、すなわち僕らの勝利と言えるんだ。だから……」
「……妾を時間稼ぎの駒にしようと言うのじゃな?」
「端的に言えばその通り。信じてくれとは言わないけれど、折角こうやって二人で残ったんだ。君が生き残った暁には、君の願望もキチンと叶えることにするよ。
それに、時間稼ぎを受けて立ってくれるというのなら、幾分か引き出した力を授けることもできる……どうだろう、やってくれるかい?」
この男の言い分は、恐らく半分は嘘だ。こちらの願望など叶える気など毛頭ないに違いない。だが、時間稼ぎのために高次元存在の力を授けようというのは本当だろう。もし既に右京が高次元存在の力を手中に収めているのなら、こちらに対してこんな交渉自体をすることもない。仮にもう完全にコントロールできるというのなら、全ての時空間を自在に書き換えることができ、他者の抵抗など無に帰すのだから。
つまり、時間稼ぎが必要なのは本当であり、なるべく長く敵を抑えて欲しいというのも本心だろう。自分としてはかなりリスクの高い行動にはなるが、結局は時間稼ぎを受け持つほかはない――星右京の開発したウイルスを制御することが出来ないのも事実であるし、そうなれば高次元存在のコントロールはこの男に任せる他ないのだから。
とはいえ、自分だって簡単にコイツの駒になる気はない。提案を甘んじて受けたふりをして、今よりも強力な力を授けられた状態でチャンスを伺い、必ずこの男を出し抜いて見せる――状況は不利、敵は外にも内にもあると言えるが、それでも最後に笑うためにはその全てを毛散らすほかないのだから。




