14-65:月の女神が夢見るもの 上
月に戻ってから数日、アルファルドは自身の根城に引きこもっていた。それも、ただ一つの連絡も寄越さないでだ。こちらから通信をしても無視され続けているので、一日に一度は彼奴の根城前にわざわざ来て、直接話をつけに来ているのだった。
「アルファルド! どうするつもりなのじゃ!?」
最初のうちは監視カメラに向かって、しかしそれが効果のないことを知ると、防護壁を直接叩き――こちらも無駄だとは分かっているのだが、焦りと怒りで当たらずにはいられない――相手の反応を待つのだが、いつも通りに反応はなかった。だが、今日ばかりは引き下がるわけにもいかない理由がある。
月に設置しているモノリスを用いたスーパーコンピューターのシミュレーションによれば、遅くとも二日後、早ければ明日中にレム達がこちらへ向かってくるという計算を弾きだした。勿論、この月こそが本来の我が居城であり、すでに防衛体制は敷いてある。衛星兵器に宇宙艦隊、それを万が一突破されたとしても地上のそれとは比肩にならないほどの第五世代型が配備されているのであり、彼我の戦力差を考えればほとんど負けることはあり得ない。だが、これを言い始めれば、そもそも今までだって負ける可能性は低かったはずなのだ。
まったく、どこからケチが付き始めた? レアを倒すまでは良かったはずだ。確かにアレも結末自体は予想外ではあったが――本来ならアレで第六世代共の心が堕ち、高次元存在を完全に降ろすだけの魂が集まっているはずだった――本格的にダメになり始めたのは、やはり魔王ブラッドベリを利用して奴らを一網打尽にする計画を立てた時と思う。
あの時は、ハインラインが「行けたら行くわ」などと悠長なことを言っていたのだが、そもそも元々の戦力を鑑みれば、ルシフェルを同時に四体も導入すれば勝てる計算だったのだ。奴らのうち、夢野七瀬のクローンとクラウディア・アリギエーリが妙な力を得たことは想定外だったものの、それでも――。
「……ルーナ様。私が居るではありませんか」
「黙れルシフェル! 何度も何度も小娘共にやられおって……貴様が何の役に立っているというのじゃ!?」
背後に着いてきているルシフェルに――元々月で生成されたこの熾天使のボディは九体、そのうち六体が地上へ降ろされていた――そう怒りの声を返す。ルシフェルの制御AIを搭載している機材は地上での作戦の間はタイムラグを極力なくすために地上へ降ろされていたが、先日の作戦時には海と月の塔のエレベーター内に設置していたために無事であり、自分と一緒にこうやって月まで戻ってきていた。
確かに一つ一つの能力に関しては、ルシフェルは他の熾天使と比較して劣っていたと言ってもいいだろう。初期型のミカエルやアズラエルよりは高スペックであったかもしれないが、火力や防御力の面ではジブリールやイスラーフィールに劣る。とはいえ、総合スペックは一体で最高の物であったはずだし、それが並立して同時に三体まで稼働できるとなれば圧倒的な力を有するはずだった。
それだのに、結局ルシフェルはソフィア・オーウェルと融合したレアの娘なぞに弄ばれ、憎きクラウディア・アリギエーリには手も足も出なかった。これでは、自分が創り出した最高傑作がアシモフの子供たちに劣っている――そう考えるだけで居ても立っても居られない心地がしてくる。
こちらの怒声に対し、ルシフェルは不服なのか、怪訝そうに眉をひそめ――だが同時に命令は絶対であるので、ただ押し黙ったままこちらを見つめていた。全く、こいつがもっと役に立っていれば、こんな辛酸を舐めずに居られたものを。
頼りない被造物を腸が煮えくり返る想いで眺めていると、ふと側面の機器に光が走った。モニターには「Sound Only」の文字だけが映し出されているが、スピーカーの方から僅かにノイズが聞こえ始め、ややあってから右京の咳払いが聞こえた。
「……ごめんよ、別に無視したかったわけじゃないんだ。少々立て込んでいてさ……」
言葉とは裏腹に、その声色は全く悪びれのない物ではあったものの、ようやっと生きている人間の声が聞こえ、僅かながらに安堵の想いが胸に去来した。そのため、ここまで無視された事に対して文句の一つでも言ってやりたい気持ちを抑えつつ、何とか平静を保ちながらマイクに向かって言葉を発することにする。
「アルファルド、どうするつもりなのじゃ? 奴等、すぐにでも月に攻めてくるじゃろう……その迎撃に関する策については何かないのかや? もちろん、妾の方でもあれやこれやと策はめぐらせ、それこそ万全の状態にしているつもりじゃが……」
「それなら、僕がわざわざあれこれと指示を出すまでもないんじゃないのかな? 月は君の領域、つまり君以上の防衛線を、僕が張れる訳でもないし」
「それとこれとは話は別じゃ! 貴様も自らの責務を果たせ!」
相手の無責任な態度に抑えていたはずの怒りが爆発し、思わず大きな声を返してしまう。こちらの気迫に押されたのか、右京の側は押し黙ってしまう。その間にこちらも冷静さを取り戻し、平静に努めて話を続けることにする。




