14-64:同じ道を歩む者として 下
「……むしろ、お前が迷っているんじゃないか?」
こちらの質問に対し、T3はこちらに対して一度鋭い目線を向け――もしかすると決意を侮られたとでも思ったのかもしれない――しかしすぐに落ち着きを取り戻し、手元に視線を下した。
「そんなことはない。だが、そうだな……強いて言えば、今更ながらに考えるようになったのかもしれない。魂を奪うということの、その意味を」
この男の心情は理解できる――そんなことをこの男に言えば知った風な口をと言われるのが容易に想像できるが――自分も同じ道を通ってきたから。
T3と自分の最大の違いは、この男は最初は愛する人を奪われたという怒りという大義名分があったのに対し、自分には最初からそれが無かったという点だろう。だから、自分は最初からこの罪と向き合わざるを得なかった――同じ人を殺すという事実から目を逸らすことが出来なかったのだ。
人を殺すということの意味を考えずに戦い続けたこの男を愚かだと笑うことは出来るだろうか? ひとまず、自分には出来ない。この男にはこの男なりのひたむきさがあったのだから。それに、先ほどの言葉に嘘偽りもないだろう。この男は殺しに対して迷いは無い――かつてのアラン・スミスがそうであったように、それが自分のやるべきことであるという点は納得はしているのだろうし、敵を目の前にすればT3は迷いなく弓を引くはずだ。
ただ、霧の向こう側に居たはずの仇の姿が明瞭に見え始めた結果――もしくは戦いの終わりが見え始めた結果として――霧を裂く矢の向こうに自分の罪が見え始めた。それに同じ虎がどう感じているのかを、この男は知りたかったのかもしれない。
「殺しの意味を考えるのはあんまりおすすめしないぜ。確かに、俺たちは人殺しだが……それは仕事であり、それは世界にとって必要なことだ。それは一面的かもしれないが、ひとまずそう考えないとやっていけないし……結局誰かがやらなきゃならない。それが自分だった、それだけの話なんだから」
何の気なしに思い付きを言葉にするが、以前に誰かが同じようなことを自分に言ったように思う。こんな風に語ってくれたのはべスターだったか。しかし、実際に死地に立っている自分に対しては、そこまで心に響かなかったように思う。
同時に、べスターの気持ちも今になって理解できる部分もある。誰かがやらなきゃならない中で、自分にお鉢が回ってきたというだけであり、そこに対してああだこうだと思い悩んでも碌なことにならないのは確かなのだから。これは自分がやってきたことを客観的に――T3というフィルターを通して――見返すことで、初めて見えてきた事実とも言える。
とはいえ、やはりつまらない返答をしてしまったせいか、T3からの反応はない。多分、べスターに言われた時、自分もコイツと同じような態度を取っていたのだろう。ただ、実際に同じ人間の魂を、自分の意志で奪ってきた自分にしか言えないことも恐らくあるはずだ。
「……少なくとも、自分がやることで、誰かが被るはずだった罪を自分のものにできる……それだけでも、俺たちがやる価値があると言えるんじゃないか?」
そう、たとえば、少女たちに罪を負わせないというような――それならば、殺しの業を振るう価値もある。こちらの言葉の方が余程納得がいったのか、T3はどこか寂しげに微笑を浮かべながら弓を眺めて頷いた。
「……そうだな。私も同じように考えていた……貴様と同じなどというのは癪ではあるが」
「お前はいつも一言多いんだよな、まったく……」
まったく、素直じゃない奴だ。だが同時に、奇妙な友情を感じているのも確かだ。べスターのように気心が知れているとか、右京のように悩みを共有できるというのも違うが、強いて言えば同じ虎の名を関する者としてのある種の共感か。近いが故に反発もしあうし、自分を見ている様で目に余る部分もあるのだが、同じ立場だからこそ同じ景色が見えている、そういったシンパシーを感じる部分がある。
男のほうもそうだったのか、珍しく口元に微笑みを浮かべてこちらを見返してきた。だがすぐにいたたまれなくなったのか――確かにこいつと和やかな雰囲気というのは自分も慣れない――T3は弓を持って立ち上がった。
「以前貴様を殴ったことだが……」
男は背を向けたまま扉の前に立ち止まり、しばしそのまま押し黙った。
「……なんだよ」
「なんでもない。私は風にあたってくる……貴様も英気を養っておけ」
そう言い残して男は部屋を去っていき、後には沈黙だけが残った。謝られても困るし、なんならこちらとしては腕を落とされているのでそちらのほうがよっぽど大ごとだろうとも思ったが、こちらとしてもあの男を散々攻撃したのであるので、今さらながらに変にまぜっかえすこともあるまいと、その背中を素直に見送ることにした。
T3という男に自分が期待しているのは、義理だとか人情だとかそういう部分ではない。同じ道を歩んできたものとしての技だけだ。そしてそれは相手もそうに違いない。だから、今になって互いに変に歩み寄る必要もない。ただ互いに、己の戦場においてやるべきことをやる、それだけなのだから。




