14-59:ノーチラスへの帰投 下
「こちら、私が認識しているオールディスの月の見取り図です。建築学的にも力学的にも機能的にもそう違和感のないものでありますが、私は情報共有を受けているだけであり、実際に内部の様子を全く見たことが無いので、本当にこの通りかまでは断言できません……エリザベート、こちらは最新の状況と相違ない物でしょうか?」
レムに声を掛けられ、自分の隣に座るエルが身を乗り出して月の見取り図を注視し始める。あんな細かい図を見たところで何もわからなそうだが――しかしエルはしばし真剣な眼差しでそれを眺め、ややあってからレムの方へと向かって首を振って返した。
「リーゼロッテの記憶とはそんなに相違ないとは思うけれど……彼女はほとんど寝て過ごしていたし、その内部構造にもそんなに興味を示さなかった。あと、一応私も一度月にはいっているけれど、それでもごく限定された範囲しか移動していないから、全体感としては分からないわよ?」
「一年で区画ごと変えることはできないでしょうし、概ねのことが分かれば十分です。それに一番知りたいのは、ここの状況です」
レムがそう言って後、月の内部の一部分が大きく拡大される。エルは再び身を乗り出してそこの見取り図を注視しはじめる。
「七柱たちの領域ね。確かに、ここに一度足を踏み入れたわ。もしかしたら、リーゼロッテはこの時のことを予見して、実際に私を連れて行ってくれたのかも……えぇ、大体この通りなはずよ」
エルが大きく頷き返すのを確認して、レムの方も頷き返し、そして女神は背後のスクリーンの方へと向き直ってその一点を指さした。
「皆さんの攻略目標となるのはここになります。七柱の創造神たちの本体の眠るこの場所は、彼ら独自の防衛能力を最大に発揮する場所でもあり、彼らのプライベートな領域……右京は彼の居城にて、計画を進めているはずですから」
そして一度画面が切り替わり、今度は球の外側の映像が映し出される。その中央には巨大な砲身が映し出されており、その程近くに矢印で「マルドゥークゲイザー」と記述されている箇所が図示されているのが見える。
「残念ながら彼の根城は、マルドゥークゲイザーの砲身がある側に存在しています。更に砲身は角度の調整をすることができるので、彼らの根城へ直線的に侵入するのは難しいです。
そうなれば、我々として出来ることはマルドゥークゲイザーの直撃する進度を避けて月の重力圏まで侵入し、その後は飛行で手近な入口へと乗りつけて、内部へと侵入することになります。
そして彼らの領域に侵入するとなれば……」
レムが言葉を切るのに合わせて、背後のスクリーン内の球体が小さくなり、周り宙域に合わせて細かな無数の点が映し出される。あの点はどうやら、右京達が保持している宇宙艦隊が配置されている予想図のようだ。
「まず想定されるのが衛星反射によるマルドゥークゲイザーによる迎撃。これが惑星レムに直撃しない進路に入ってから最高で三回行われる可能性があります。それを乗り越えた先には、対異星人迎撃用の第二から第七までの宇宙艦隊による迎撃……第一艦隊であるキーツの艦隊は先日倒しましたが、それでも他艦隊の主力戦艦から重軽巡洋艦、それに駆逐艦を合わせて三十隻が顕在です。向こうもこちらの予想される侵入経路に分散させているはずなので、一度に相手にするとなればその三分の一程度でしょうが、それでも単純な戦力差は圧倒的です。
更に、月の重力圏に入った後は無数の砲台に戦闘機による迎撃が予想されますが……ここまで来てしまえば火力もそこまでなので、難関はやはり衛星反射と艦隊の突破になります」
「そこに関する作戦と、突破率はどんなものなのでしょう?」
レムの説明に口を差し挟んだのはソフィアだった。彼女は自分の右隣で小さく手を挙げて、レムの方を見ている。対するレムは「ここ数日、チェンと協議した結果ですが」と前置きを置いた。
「先に突破率から言えば、百万回のシミュレーションの結果、残念ながらその突破率は十パーセント前後といったところです。一応、こちらも敵艦と同程度の武装は取り急ぎ付けましたし、その他にラグナロクを利用した手法や、クラウディアの第八階層結界による防御など、一部敵部隊を圧倒する性能はありますが、それでも戦力差だけはどうしても覆しがたく、楽観的な数値が出せないというのが現状です。
ただ、これらは適度な乱数を振った演習結果に他ならない……ただ、私たちには乱数のバグみたいな存在が数名いますから、コンピューターによる試算などそこまで当てにならないかと思っています」
なお、レムの試算によれば、一万年前にアラン・スミスが金字塔においてデイビット・クラークを突破する可能性など一パーセント以下だった――それを考えれば十パーセントもあるなんて贅沢ですと付け加えた。
実際、可能性があるのなら、後は気合でどうにかすればいい。思い返せば今まで通って来た道だって薄氷の上を走り抜けるような確率で来たはずだし、それが今回もというだけの話でもある。
とはいえ、成功率の低い作戦には納得いかない者も居るのではないか――と思ったが、どうやら杞憂だった様だ。誰もその可能性に異議を唱える訳でもないし、質問をしたソフィアも「私たちの努力次第で可能性は変えられますしね」と椅子に深く腰かけなおした。




