14-58:ノーチラスへの帰投 中
「ともかく、ここ数日で私とレムで作戦を練っていました。私たちの側も右京の側も互いに宇宙戦闘は初めてになるので、予測できないことも多くありますがね」
「ここ数日見ていないと思ったら、そんなことをしていたのか……休むって言うのは嘘だったのか?」
「初日はノンビリさせてもらいましたよ。ただ、あれこれ考えているほうが性に合っているので……もはや策を考えることが趣味とすら言えるのかもしれません」
こちらの質問に対し、チェンは肩を竦めながら答えた。レムにしてもチェンにしても、結局は働きづめであり、そんな中で自分はゆっくりと時間をもらってしまったのだが――決意を新たにできたので無駄ではなかったはずだし、むしろ養った英気で以って全力で事に当たり彼らの労力に報いることで帳消しにしよう。
自分がそんな風に思っていると、目からホログラムを放ちながらグロリアが嘴を動かす。
「それじゃあ、期待しても良いのね、チェン?」
「先ほども言ったように、初めての本格的な宇宙戦です。細かいことは、シモンたちが合流してからにしましょう……ひとまず、考えられる可能性はアレコレ出し尽くしたとは言っておきますよ」
今の言い方だと、あまり勝率は高くはないのだろう。可能性を出しつくしただけで、つまりはあまり有効な戦術は出せていないということなのだろうから――しかしチェンの態度はどこか楽観的な様子だった。つまり、恐らく可能性はゼロではないのだろうし、同時にそこに賭けるだけの価値があるとチェン・ジュンダーは考えているのだ。
ヘリは辺境伯領までの道をそのまま引き返し、およそ二時間ほどで海と月の塔が間近に見える平原まで戻ってきた。そして平原のある一地点に、半径百メートルほどのコンクリートの円があり、ヘリがその上で浮遊していると、コンクリートの真ん中が縦に割れて、その下にノーチラス号が納められているのが見えた。
ノーチラスはまだ整備中のようであり、クレーンなど様々な機械が艦の周囲で音を立てながら作業を続けているのが見える。その多くは大型機械によって自動化されているようではあるが、細かい作業は人型によって行われており――恐らくレムリア大陸まで来ていたであろうドワーフや魔族、それに一部は銀色のボディの機械人も混じっている。レムの制御下に戻ったアンドロイドも協力してくれているということなのだろう。
そんな作業を横目に、ヘリはノーチラスの甲板へと乗りつけて、自分たちはそのままブリッジへと足を進めた。中へと入るとこちらへ残って作業をしてくれていたメンバーが――ジブリールにイスラーフィールは内部のプログラムを担当しているのだろう、端末に向けて指を動かし続けており、ブラッドベリは椅子の上で腕を組みながら入ってきた自分たちに一瞥をくれた。
そしてブリッジ最奥の椅子がくるりと半回転すると、背もたれを随分と余らせているドワーフのシモンが笑顔で、しかし同時に目の下に大きなクマを作りながら出迎えてくれた。
「アランの旦那、少しはノンビリできたかい?」
「あぁ、おかげさんでな……そういうお前さんはお疲れのようだが、大丈夫か?」
「これから宇宙に出るっていうんだ。むしろ、少しくらい不調じゃなきゃ興奮しすぎで死んじまうかもしれないよ」
そう言いながらシモンは目をぎらぎらさせた。恐らくほとんど寝ていないのだろうが、本人が言うように興奮が疲労を打ち消しているのだろう。シモンは椅子を再び半回転させ、熾天使たちと同様に作業へと戻った。
その後、戻った自分たち八人が各々椅子につくと、天上の装置から光の粒子がブリッジの中央へと注がれ、そこに等身大のレムが姿を現した。
「さて、オールディスの月への突入作戦ですが……皆さんを月へと無事に送り出すのが最大の難関になると言ったのは以前の通り。後はノーチラスをどこに着陸させ、どこから突入するかも重要になります。
何せ、人工の月の直径はおよそ千キロメートル、表面積は三百万平方キロ、体積は五億立方キロにも及びますから、あまりに適当な場所から突入しても、右京の元へと辿り着くまでに数日を要す可能性すらあるためです」
もちろん、中心部のほとんどは動力機関であり、移動可能な範囲の体積はもっと少ないですが、とレムは補足した。並んだ数字が途方もなかったのであまりイメージは沸かないが、同時に人の足をして数日で踏破できる広さではないのも良く伝わってきた――人工の月は自分がこの世界に生を受けてからも巨大という印象が強く、実際その通りに広大ということなのだろう。
ともかく、レムが一度言葉を切ると、ブリッジの窓がそのままスクリーンと化し、そこに球体を半分に割ったものの――その中にはまたゴチャゴチャと文字や迷路のような模様とが刻まれている――映像が映し出された。




