14-57:ノーチラスへの帰投 上
世界各地で異変が現れたという報告を受け、自分たちは別荘地を後にし、すぐさまノーチラス号まで戻ることとなった。整備の方は予想よりも早く終わりそうであり、こちらの到着と共にすぐに飛び立てるように準備を進めておくという算段になっている。
さて、現れ始めた異変としては、次のようなものである。黄金症から意識を取り戻さない者の他に、つい先ほどまで普通にしていた者が急に意識を失うというのが各地で散発され始めたとのことらしい。その発生原因は不明であり、かつ規則性や法則性も見えない。解脱症や黄金症に罹りやすい者は自らの意志を持たないもので――それをこの世界では恩寵という数値で可視化していた――あったが、今回のものは精神的な性向や身体的な特徴に共通点は見られず、それこそ世界の各地で無差別的に起こっているもののようだった。
初めてその症状が発症した者が現れたのは今からちょうど一日前、それから数時間後に二人、半日後には四人、その後一気に数が増え、現在レムの方で把握しているのは合計で三十名程に及んでいるそうだ。数件程度では右京のウイルスの影響とは言い難く、もう少し様子見をしようとしていたところ、突如として増えたのでレムも緊急事態として認定したようだ。
現在確認されている範囲で、空気感染をするような兆候は見られず――生体チップからの情報によれば意識を失った人々のバイタルには全く問題が無いのであり、それこそ伝染するようなものでもないのだろうが――爆発的に増えたタイミングにおいても発症者を起点に伝染したという訳ではなく、示し合わせたように世界各地で発症したらしい。その数は今でこそ少ないものの、以前に予測したように倍々に増えるのであれば、今後は一気に数百人、数千人単位で発症することが考えられ、気が付いた時には今度こそ世界が終わってしまう――正確には知的生命体の存在が終焉してしまう――恐れもある。
「……その意識を失ってしまった人たちは、元に戻せるのか?」
海都付近に留まっているノーチラス号へ向かうヘリの中、状況を説明するレムに対してそう問う。彼女は現在、グロリアのホロ装置を通して一同の中央に鎮座し、瞼を閉じながら首を横に振る。
「確定的なことは言えませんが……もし私の仮説が正しいとするのなら、難しいのではないかと思っています。黄金症は肉の器から魂が離れた状態であり、両者が再び結びつくことで克服できました。
しかし今度のものは、恐らく魂そのものが消滅しているので、その克服は難しいかと……もし右京の目的が代わっていないと仮定するのなら……高次元存在の消滅を狙ってのものになりますから」
「そんな……全く可能性はないんですか?」
そう声をあげたのはナナコだった。彼女の表情は深刻そのものだが、同時になんとなく呑気な質問のような印象も受ける。しかし、それも仕方のないことだろう――世界のどこかで、それこそ自分たちの目に見えない範囲で魂が消失しているというのはどこか自分も現実感が沸かないし、それでも魂が消滅するという重大で未知なことは悲劇的な響きを帯びており、しかしただちに自分がなにそれとすることも出来ないので、そんな質問をするしかないという気持ちもわかる。
そしてそれはレムも同様なのだろう、彼女は困ったような表情を浮かべてナナコの質問に対して再度首を振った。
「私の方で絶対的なことは言えないので、どちらかというと楽観視は出来ない、というのが正確な所よ。
もしかしたら、魂は失われてなどいないのかもしれないし……失われていたとしても、私たちが肉の器を遺伝子情報から構築するように、それを復元できるような技術があるとするのなら不可能ではないのでしょう。
けれど……そんなことが可能なのかは、それこそ本物の神でないと分からないこと。なので、私よりはクラウディアに聞く方が、もう少し正確なことが分かるかもしれないわね」
レムが言い終わるや否や、一同の視線は緑髪の少女に注がれる。彼女は先ほどから目を瞑り、胸に手を当てて何かに集中していたのだが――それこそ、微かな声を拾い上げようと耳を傾けていたようだ――みんなの視線が集まったことで瞼を開いた。
「先ほどから確認を取ろうとは思っているのですが、以前に増してノイズが酷いと言いますか……以前は鮮明に感じていたイメージが、今はおぼろげにしか見えないんです。多分これも、星右京が高次元存在をコントロールしようとしている結果だと思います」
「つまり、この場では正確なことは誰も言えないというのが結論。私たちの打てる最善の策は、可能な限り迅速に星右京を止めることでしょう……全てが手遅れになる前にね」
そう言葉を差し挟んできたのは、操縦席に座るチェン・ジュンダーだ。とはいえ、操縦のほとんどはレムが遠隔でやってくれているので、彼が操縦席に座っているのは単純にスペースの問題であり、万が一の場合――それこそ右京が干渉してきたときにいつでも手動操作に切り替えられるようにしているに過ぎない。




