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14-56:未完成の絵 下

「私は芸術学やその理論については完全に素人だから、この絵をどう評価すればいいか分からないけれど……何か凄く訴えてくるものを感じるね。だから、目が離せないというか……」


 そう言いながら、確かにソフィアは一歩引いたままでキャンバスを眺め続けている。ついでクラウディアとエルも同じように絵から離れ、しかし距離を変えてまた完成品を眺め続けている。


「ソフィアちゃんの言う通りですね。以前、同じ景色を描いた時と同じ角度、近い構図なのに、なんだか印象が全然違うというか……」

「オリジナルと融合して理論を思い出したから? それとも、風景の時期が微妙に違うからかしら……でも確かに、以前のものと比較しても、すごく力強くて、鮮やかで……」


 以前は普通に上手い、程度の評価だったのに対し、今回の評価はそれと比較してかなり高いと言えるだろう。自分でもかなり上手く描けたとは思っている――理論や技法だけでなく、世界が訴えてくる声を刹那の霊感で感じ取り、それを余すところなく表現できたのだから。


 それが可能となったのは、この景色が単純に「美しきもの」以上の意味を持ったからだろう。少なくとも、自分にとっては――今までは、単純に好ましいと思っていただけの光景に、成り立ちだとか歴史だとか、そういった誰かの足跡が見えたことで、自分にとってもただの景色以上の意味を持った。その意味が筆に乗った結果が、以前との評価の差に繋がっているように思うし、実際に完成度が飛躍的に高まったという自負もある。


 改めて、一歩引いて自分の完成品を眺めることにする。少女たちが絵の前に立っており、隠れてしまっている部分はあるが、一歩引いてみることで改めて見えるものがあるはずだ――そう思いながらしばし視界のあるがままを眺めていて、ある重大なことに気付いたタイミングで、グロリアがソフィアの肩からこちらの肩に飛び移ってくる。


「良かったじゃない、アラン。好評よ」

「いや、まだ足りないな」

「……えっ?」

「確かに、自分でも今までで一番うまく描けたと思うんだ。でも、改めて見ると、コイツはまだ未完成だ」


 グロリアに対してそう返答すると、その相棒であるソフィアがいち早くこちらの言葉に反応した。


「そうなの? 何が足らないのかな?」

「一番描きたかったもの……いいや、俺が描くべきだったものが欠けてるんだ」


 そう、何故これを忘れていたのか――そんな風に自戒の念を抱いていると、今度はエルがこちらへ振り向いて訝しむ様な視線を浴びせてくる。


「何よそれ、そんな大事なものを描き忘れるなんてあり得る?」

「あぁ、だから絵のテーマは大事なんだ。何を描くべきか、描かないべきか……それを最初に決めなければ、こうやってすごく大切なものを描き忘れることもある」


 そう、この絵を描き始めた時には、コレで良いと思っていたのだ。足らないことに気づいたのは、今の自分だから――そう、この重大な欠点に気づくには、ここ数日の経験が全て必要だった。


 少女たちとこれからと未来について語り合い、そしてレムからこの世界に対して捧げられた祈りを聞き――そして自分が本当に描くべきだったものが初めて見えた。それ故に、当初想定していたテーマと自分が本当に描くべきだったテーマとの間に齟齬が産まれてしまったのだろう。


 しかし、まだ修正はできるな、自分がそう考察をしていると、クラウディアが絵を指さしながら、首だけこちらへ向けて首を傾げる。


「それじゃあ、どうするんです? 新しく描き直すんですか?」

「これは油絵だから、後から塗り足すこともできる。風景画としてはこれ以上なく描けたと思うし、できればコイツに描きたしたいな」

「風景画としてはって……風景画を描いてたんじゃないですか?」


 クラウディアは絵を指さしたまま、傾ける首の角度を更に深くした。少々こちらの言い方にも難があったのだが、一番重大なテーマが欠けていたことには変わりない。ただ、それは絵のほんの一部に加筆すれば間に合う修正であるので、これをそのまま利用しようと思っている形だ。


 ちょうどそんな風に思っているタイミングで、レムが呼びかけが自分の脳裏にも聞こえだし――それらがどうやら今このタイミングで絵を修正することが難しいということを告げていた。


 どの道、この加筆には時間が掛かる。ただいま塗った絵具がしっかりと乾ききってから加筆をしなければならないのだから。そして、この絵を完成させるためには、未だ絵の前でこちらに対して目を丸くしている少女たちの強力が不可欠だ。


「……なぁ、皆。ここ数日、この戦いが終わった後のことを聞いたよな? それで、俺はまだ先のことは考えられないとか言っていたが……今決めたよ。俺はコイツを完成させるために、必ず戻ってくるって。

 それで、不躾ながらに約束して欲しいんだ。皆には、コイツの完成に立ち会って欲しい……だから、必ずみんな生きて帰って欲しいんだ。一人欠けることなくな」


 こちらの言いたいことは伝わっていないのだろう――抽象的に言っているのだから当たり前だが――少女たちは一様に首を傾げる。しかし同時に、こちらの覚悟と決意は伝わったのか、すぐに力強く頷き返してくれたのだった。

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