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14-55:未完成の絵 上

『なぁ、レム……お前はまだ、右京のことを愛しているのか?』


 手は休めないまま、女神にそう問いかける。なぜ自分でもそんな質問をしたのか分からないが――もしかすると、アイツがまだ誰かに求められているのかを確認したかったのかもしれない。


『私は……私は人工知能ですから、本来は感情という物は無いのですが……私の中にある晴子の亡霊をして言うとするのなら、愛しているという言葉の定義によると思います。

 もしも好きという感情が溢れて止まらず、相手のすべてを包み、同時に時間と感情の全て奪いつくそうとする熱い感情のことを愛というのなら、私はあの人のことを愛していないことになります。

 ただ、もしも……自らとどうしても分かちた難く、常に隣にあり、安らかにいて欲しいという願うことを愛というのなら……私はまだあの人のことを愛していることになります』

『愛の定義か……そりゃ難しい話だ』

『聞いてきたのはアランさんですよ? ですが、仰る通りです。言葉を定義するのは……その言葉にどんな意味を持たせるのかは人間の仕事であり、AIの仕事ではありません。ですから、私の右京に対する感情を一言で言うとするのなら、執着、で良いと思ってます』

『執着、執着ね……』


 生返事を返しながらも筆を進め続ける。レムの言う通り、きっと愛の定義など人の数だけ意味がある。それはきっと、この景色をどう読み取るのかと同じように――好きの上位互換的なものを愛と思う者もいれば、無限の献身を愛と呼ぶものもいるだろう。


 しかしなんとなくだが、自分はレムの言う愛というものが結構しっくりと来た。それはそれこそ一万年も連れ添ったからこそ、最後に残ったものなのだと思う。相手に何度も失望し、長い時間と度重なる不信によって燃えるような想いが風化し、それでも最後まで相手を想えるというのは――彼女はそれを執着と呼んだが、自分はそれこそが深い愛だと思う。


 そして、そうであればこそ、一万年前に自分が取った決断は間違いではなかった。自分が右京に晴子を頼むと言わなければ、アイツは恐らく晴子を迎えに行けなかっただろう。もし迎えに行かずとも、きっと同じように旧世界は崩壊していたと思うし――そうなれば、このようにアイツのことを最後まで祈ってくれる人は居なかったに違いない。


『……結局、晴子は愛する人を絶望から救うことは出来ませんでした。でも、アナタなら……絶望の淵から、あの人を救い出すことが出来ると思うんです。

 最初は、アナタの手を煩わせずに居ようと思っていましたが……今となって思うのは、あの人に本当に必要だったのは、きっと強い力で引っ張ってあげることだったと思うんです。晴子には、その力がありませんでしたから』

『そうか? 結構ぐいぐい行ってたように見えたがな』

『それは、あくまでも恋の駆け引きとしては、の話です。ともかく、きっとアランさんなら……』

『俺はアイツを救う気なんかないぜ、レム。アイツは、救われるなんて生易しい所はとうに過ぎてしまったんだから』


 そこで一度レムとの対話を切り、筆をパレットの隅に置いて椅子から立ち上がる。そして完成した絵をしばし眺め――間違いなく、自分の集大成と言えるだけの景色が完成した。


 そしてその絵を眺めたまま、今度は脳内でなく、言葉でレムに話の続きをすることにする――彼女は既に自分が何を言うかは知っているはずではあるが、口で言った方が、音が耳に残り、自分自身の決意も固まりやすい、そんな風に思ったから。


「ただ……アイツに言ってやりたいことはできた。ぶん殴った後に、それを言ってやろうとは思う」

『……えぇ。それで大丈夫です。それにきっと、アナタが彼に伝えようとしている言葉は、きっとあの人に心に届くと思いますから……アランさん、お願いしますね』


 レムの返答が途絶えるのと同時に、別荘の方から人が近づいてくる気配を感じた。それは、ちょうど四人分――足音としては三人分だが、意志としては四人分だ。振り返ると、三人の少女たちと肩に乗っている一羽とが、その影を東側に作りながらこちらへと向かってきているのが見える。


 そして三人のうちで先頭を駆けてきたソフィアが、真っ先にこちらへ向けて手を振りながら近づいてきて、すぐに自分の隣に並んだ。


「アランさん! 絵は完成したの?」

「あぁ、一応な。また乾燥すると多少色味も変わるけどね」


 こちらの返事を聞いて、ソフィアとその肩に乗るグロリアは、完成した絵を注視し始める。それも真剣な様子で――そしてすぐに後ろからエルとクラウディアも追いついてきて、各々「ほほぅ……」とか「これは……」とか呟きながら、計8つの瞳が自分の絵に注がれることになる。


 誰もが絵を食い入るように眺め――ややあってからソフィアが絵から一歩引いて、改めて自分の隣に並んだ。

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