14-54:星右京と伊藤晴子の軌跡 下
『そんな彼ですが、ことあるごとに妙なこだわりを見せました。それこそ、全ての魂に終わりを告げるためにこの星を創り出したというのに、その細部について驚くほど意見を出したのは他ならぬ右京ですから。
アランさんの言う通り、意外とファンタジーな世界に対するこだわりがあったと言えばそうなのかもしれません。王政と教会と学院の三権分立に、魔王と勇者の戦いによる人口の管理、そういったことの原案を考え出したのは他ならぬ彼ですし……システム的な物の他に、彼はこの世界の景色や風俗などのディティールにも精力的に設計をしました。
本来なら、この星の重力をわざわざ旧世界と同じくし、生態系を変貌させる必要なども無かったんですよ。高次元存在を降ろすのに必要なのは、知的生命体のおよそ三千年間の進歩の停滞だけ。もちろん、星間移動中に我々が実験的に創り出した第六世代型が人の規格をしていたので、旧世界と同じような生態系があった方が管理がしやすかったのは事実ではありますが、第六世代型を元々の環境に耐えられるように調整するほうが、テラフォーミングする労力の方がより安くつくのは明白ですから。
それでも、あの人はこの星に美しい景観を求めました。どこまでも続く平原、切り立った山々、鬱蒼と茂る森林、灼熱に燃える砂漠……それだけでなく、雑然とした煉瓦造りの街並みや、天にも届く塔、地下にそびえる広大な都市など……それはもちろん、母なる大地を失ったDAPAの生き残りたちのノスタルジーを喚起する物でもありましたから、最終的には右京の意見が採択されました。
ですが、あの人が今の形にこだわったのには……彼自身のこだわりであるのはもちろんですが……数千年越しにアラン・スミスを弔う意図があったように思うんです』
『……俺を?』
レムの最後の言葉に、思わず手の動きが止まる。こうやって遥かの過去から蘇った今となっては、弔われるというのもおかしな感じはするのだが――それでも、思いがけず自分の名が挙がったことに、思わずそのまま聞き返してしまう。
『えぇ。あの人は、アラン・スミスが描きたい風景を、この世界に蘇らせようとしていたんじゃないかと思うんです。旧世界は大戦の影響で、居住区以外の自然は破壊されたまま、決して少なくない部分が放射能に侵されていました。それ故に、アランさんは……兄さんは、本当に見たい景色を見に行くことができなかった。
あの人はそれを知っていましたから……この世界には、アランさんの描きたかったであろう美しい景色を、たくさん作ろうとしたのだと思います。
その証拠と言ってはなんですが……この星において身元不明の死人のことをアラン・スミスと呼称したのも、やはり右京です。もしかしたら自戒の意味を込めた命名だったのかもしれませんが……あの人の心の中には常にアナタが居たことの証明にはなると思うんです。
もしも二度と思い返したくない過去であるとするのなら、もっと別の命名をすればよかっただけ……むしろ、この世界の言語など、他の者に任せれば良かっただけなのですから』
『はっ、なんだよそれ。死人に俺の名前をつけるなんて、全然いい趣味とは言えないぜ』
『えぇ、まったく……ただ、あの人の仮説では、高次元存在が消失したのちは、ただ物質世界だけが残るとされていました。それは、親が居なくなっても、子供は残るのと同じように……魂だけが消失し、この星の景色だけは残るようにと考えていたんだと思うんです。
それこそ、この星の景色をアナタに捧げるため……こんな世界を作り上げたのではないかなと。もちろん、高次元存在が消失した後はアランさんの魂も消失するわけですから、仮に私の予想が当たっているとしても、彼の自己満足でしかありませんけれどね。
ただ、あの人の心の中には、常にアナタに対する罪の意識があった。どうしようもなく嫉妬してしまうほど遠くて、同時に憧れだった人を手にかけてしまったという事実は、ずっとあの人の心の奥底にあったのは間違いありません』
本当は、ここまで言うかも悩んでいたのですが――レムはそこまで言ってから口をつぐんだ。彼女が言おうか悩んでいたのは、下手に右京の気持ちを知ることで、自分に迷いが生じないかを懸念してのことだろう。
しかし――蘇った直後、レムにこの世界を見る様に言われて、時に大きな陰謀に巻き込まれながらも世界中を歩いてきた中で、自分は何度も美しい光景に胸を打たれてきた。自分が描きたいと思うような景色に何度も出会った。だから、この世界の在り方に対しては疑問を差し挟みつつも、同時にこの世界の有り様は好ましく思っていたのだ。
もしこの世界の有り様について、右京が徹底してこだわって作り上げたというのなら――そしてそれが他ならぬ自分のためであったというのなら、それは――。
自分の感情を上手く言葉にできないが、代わりに創作する力だけが身体の奥から湧き出てくる。感情のままに、身体の赴くままに、この世界の美しさを表そうと、キャンバスに色を乗せていく。それは、自分に見える、感じるものだけでなく、この世界が生まれた意味を表すために。
絵は言葉を語らないが、しかしそれ以外のことを雄弁に語る。きっと今の自分には、それこそが相応しい。それこそが自分が筆を取った理由であり、絵を志した原初であったはずだから。
自分でも驚くほどに迷いなく手が動き――パレットから絵具をすくい取り、色が乗るたびに世界が鮮やかになっていく。自分があまりにも集中しているせいか、いつの間にかレムも黙って自分の作業に見入っているようだ。




