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14-53:星右京と伊藤晴子の軌跡 中

『結果論ではありますが……もしも真一が生まれてくることが出来ていたら、右京は惑星レムを……この星のディストピアを作り上げることは無かったように思うのです』

『だが、実際のアイツは、その子の遺伝子を使って勇者に扮し、高次元存在に対してウイルスを送り込んだ。そう考えると、息子への愛情が無かったとは言わないが、それがまっとうなものであったとも思えないな』

『えぇ、その通りです。彼の他者への愛は結局、いつも過大な自己評価の低さの前に霧散してしまう。誰かに期待して側に寄るけれど、結局は自身の卑屈さや至らなさに勝手に絶望して、憂鬱の渦に落ちて行ってしまう。

 それは、彼との時間の中で度々感じていたこと……どれだけ側にいても、どれだけ寄り添っても……いいえ、近ければ近いほど、彼は自身の中に邪悪な何かを見出し、心を沈めていってしまう。

 たとえば喧嘩の一つをとっても、あの人は感情的な議論が苦手ですから、すぐに黙りこくって嵐が去るのを待とうとします。そうすると、晴子は余計にそれが許せなくなり、ヒステリーを加速させます。

 そうすると、あの人は悲しそうな顔をするんです。きっと、相手を怒らせているのは自分が到らないからだと……もし自分が完全に相手を満足させられる人間であったのなら、こんな風に喧嘩をすることも無かったのだろうと、そんな風に考えていたんだと思います。

 実際の所は……晴子はただ、あの人の言葉を聞きたかっただけ……本心を知りたかっただけだというのに……』


 レムの――生前の晴子の感じていたことは、右京の性分を正確に捉えているだろう。アイツが旧世界で二課を裏切ったのは、アラン・スミスを通じて自分の矮小さを突きつけられて、自身に絶望していたからに他ならない。そんな自分が嫌になる程、螺旋のように絶望の渦に沈んでいく――星右京というのはそういう男だ。


 その負の連鎖を断ち切るには、やはりこの世界から完璧に消え去るしかない。魂の螺旋すら断ち切らない限り、何度も無限の絶望に墜ちていく――それが星右京の出した結論。レムも右京の真意が変わっていないと考えているのは、アイツのこう言った性分が故だろう。


 だが、アイツのなお悪い性分は――。


『……何度も絶望する癖に、何か新しいものを見つけると、それに期待してしまうんだよな、アイツは』

『はい。だから、私も……生前の晴子も同じように考えたのです。高次元存在が知的生命体に生きる意味を見出そうとしているのと同じように、右京も我が子が居ればそれを見いだせたかもしれない、と。

 ですから、右京に真一を蘇らせるための壮大な計画を聞かされたときに、晴子はそれを呑んだのです。もちろん、それは生まれることのできなかった我が子への罪滅ぼしでもあり、自分自身への慰めでもあり……そして真一が戻ってくることが、きっと夫にも良い影響を与えると思ったから。

 でも、実際には……あの人は真一が生まれてくることをもはや望んでいませんでした。恐らく、彼はこう考えたんだと思います。仮に我が子がこの世に生まれてきてたとしても、結局は彼は星右京という自分自身からは逃れられない。むしろ、近い存在程、自分を映す鏡になる……星右京という人物が醜悪であるほど、きっとそれは我が子を通じて、ありありと映し出されてしまいますから』

『言っていることは分かるんだがな……それじゃあ、そもそも右京は子供を作るべきじゃなかったんじゃないか?』

『晴子は右京に必要なのは子供だと思ったんですよ。子供が欲しいと言ったのは晴子でしたが、彼はそれを拒絶しませんでした……むしろアランさんの言う通り、当初は子供に何かを期待している風ですらあったのです。

 もちろん、希望半分不安半分ではあったでしょう。ですが、最初は半分の希望にかけていたように思うのです。合わせ鏡が自分に意味をくれるんじゃないかと、そんな風に期待していたんじゃないかと思います。

 ですが、それは叶わなかった。叶わなかったからこそ、彼は決心してしまったのでしょう。やはりこの世界には絶望しかないと。幸せなど刹那の幻で在り……仮に子供が生まれたとしても、それ以上の絶望を返されるかもしれない。それなら、やはり無限に続く輪廻の話を断つしかないと……右京はそんな風に考えたのだと思います』


 自分の意見とレムの意見が一致を見せたことで、ひとまず自分が確認したかったことは済んだと言える。自分としては、アイツが今何を考えて行動しているのか確認をしておきたかった。ぶん殴ってやるにも、もし考えが変わっていたら――それこそ別の思想で今の行動を取っているのなら、それこそぶっ飛ばしてやるところでもあるのだが――この馬鹿野郎と言うのに説得力が無くなるかもしれないからだ。


 しかし、疑問は晴れたというのに、何となくだが筆は重い。これでアイツを気持ちよくぶん殴れると思っていたというのに、まだ何かもやもやとしたものが残っているのか。そんな思考を他所に、レムはまだ伝えるべきことがあるという調子で、淡々と話しを続ける。

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