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14-50:筆を進めて 上

 さらに翌日は、早朝に起きることが出来た。昨日は深夜に来訪者もなかったため早い時刻に眠ったため、目が覚めたのは日の出とほとんど時を同じくしてであり、画材を持って倉庫から出て、早々にいつものポジションにキャンバスを置いた。


 椅子に座し、しばし朝の冷たい空気で頭を冷やし、朝食も摂らないままに筆を取る。早朝の集中力は昼のものに勝る――朝の清浄な空気のおかげなのか、身体が太陽の日を浴びることで分泌される何某かの成分のおかげなのか、それともただのプラシーボ効果なのかは分からないが、ともかくその集中力でもって一気に筆を進めていくことにする。


 既に大まかな荒描きまでは完成しており、あとは細部に色を塗りこんでいくだけ。同時に、ここからは無限の時間を取れる作業ともなる。完璧主義者がなかなか作品を完成させられてないのは、その細部に意識を取られ、無限に塗り重ねていってしまうからだ。とくに部分に集中するとバランスが悪くなる――そのためなるべく全体のバランスを見て、部分が浮かないように注意を払いながら作業を進めていく。


 パレットに絵具を出し、色を創り出し、風景に合う色を模索し――この絵は昼をイメージした絵であるが、絵が写真と違った自由さを持つのはここであり、その色彩に関して昼の光に縛られる必要はなく、朝の清浄な空気を閉じ込めようと、しかし陰影でバランスを壊さないように注意しながら――塗り進めていく。


 そんな作業をしばらく続けていると、ソフィアが背後から朝食が出来たと声を掛けに来た。その声に離脱感が――世界と自分が一体のものとなって、景色が自分に語り掛けてくる感覚が――薄れるのと同時に、自分が人間であったことを身体が思い出したのか、胃が空腹感が訴えかけてきた。


 そのため作業を中断し、彼女に連れられて別荘へと戻り――珍しくエルも既に起きていたが、どちらかといえば自分が集中していたので声を掛けるのを遅らせててくれたようだ――しばし談笑をしてからまた一人で外へと出て、再びキャンバスへと向かった。


 朝食前の集中力はなかなか戻ってこないまま、しばし腕を組みながら自分が塗ってきたそれと向き合う。朝の作業のおかげで、すでに九割方完成をしており、あとは本当に細部を塗りこんでいくだけとなっている。しかしそれをどう表現したものかと悩みながら、絵と風景との間で視線を何度も往復させ、なかなか手を動かせないでいると、脳裏に声が聞こえ始めた。


『アランさん、アランさん。何やらお困りのようですね?』

『レムか……』


 そう言えば、彼女の声を聞くのは丸一日ぶりな気がする。昨晩一同が集まっている時に、彼女から世情の共有がなされていたりはしたはずなのだが――なるほど、アレは普通に音声として聞いていたのであり、こうやって脳内に直接声を掛けてくるのは本当に一日ぶりだったことに気づく。


 レム曰く、グロリアに二人っきりにしてくれとお願いされたのを切っ掛けに、自分が誰かといるときには気を使ってくれていたのだとか。一昨日の夜分に営業をしていないと言ったのは、クラウディアが――彼女は生体チップを残しているので、レムの方で位置や思考を見ることは可能とのこと――自分の方に近づいているのに気付いたからであったらしい。


『それで……誰にするんです?』


 一応断っておくと、ソフィア達と話しているところはレムの方では見ていない、ということらしいが――彼女は自分の記憶を見ているから、間接的には把握していることになるはずだ。彼女が少女たちと話をしている時にこちらを見ていなかったのは、どちらかと言えばこちらの行動を制限しないためだろう。


『俺の思考は分かってるんだろう?』

『えぇ。ですが、敢えてこうやって問いかけることで、アランさんに改めて意識してもらおうと思いまして。そうじゃないと勇気を出して鈍い誰かさんにアプローチを掛けた娘たちが、浮かばれないじゃないですか?』


 レムはどこか窘めるような調子でそう言った。自分の思考というのは、端的に言えば今結論を出すことは出来ない、というものである。レムはそれを分かっていて、敢えて釘を刺してきたという形だ。


 結論を出せない理由は三つある。まず単純に、今は戦いの後のことを考えられないということ。自分は彼女たちにアレコレ聞いておいて虫のいい話にもなるが、そもそもの自分は本来なら一万年前に死んでいたはずの人間であり、改めて自分の在り方を考えるとなると簡単に結論を出せるものではないから――元々はDAPAが瓦解した後に正義の味方でもやろうと思っていた訳だが、今はその世情は大きく異なるため、また新たに自分の在り方を考える必要があるだろう。


 それに付随して二点目、この戦いにおける自分の優先度はかなり低く設定している。七柱の創造神たちをかなり追い詰めたと言えども、まだあの星右京が残っている。そのため、この戦いに生き残れるとは言い切れないためだ。


 結局、未だ量子ウイルスの影響はレムの方でも解析できていないのであり、そうでなくとも月は彼らの本拠地であり、次の戦闘だって生きて帰れる保証はない。自分が注力しなければならないことは、右京を止めるということと、未来ある者たちを生きてこの星に帰すこと、以上の二つだ。


 チェンにはこの絵を遺作にするべきではないと言われたが――だから簡単に死んでやるつもりもないが――ともあれ頑丈な自分が少しでも矢面に立ち、彼女たちが語った目的を達せられるように道を切り開いていく必要がある。彼女たちがこの戦いが終わった後に思い描いている予想図は、この星の未来のために必ず必要なのだから。


 三点目は、やはり迷いがあるということ。それは、二重の意味でだ。一つは自分が誰かと一緒になるということに関する戸惑いである。アラン・スミスは確かに暗殺者であり、この手にはローレンス・アシモフの脳髄を突き刺したあの感覚が染み付いている。誰もが皆、それは仕事であったとか、命令であったとか、お前のせいでないとは言ってくれるが――やはり誰かの未来を奪った分は、自分からも奪われるべきだと思う。つまり、誰かと一緒になって幸せになるということが、どうにも自分には許されないような気がしてならないのだ。


 もう一つは、単純に選べないということ。何とも贅沢なようにも聞こえるが、正確な所で言えば次にようになる――自分が彼女たちを妹のように思っていたというのは嘘偽らざる本心であり、昨日の今日でその態度を一変させるということが難しいのだ。


 もちろん、元からみんなのことを女性として魅力的と思っていたし、何ならスケベな目で見ていた部分だって間違いない。だが、実際に異性として改めて意識しようとすると、それが中々上手くいかない部分もある。ここ数日の彼女たちアプローチにはけちょんけちょんにされた訳だが、だからといって直ちに接し方を変えられるというイメージも沸かなかった。

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