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14-41:高原にて クラウディア・アリギエーリの場合 上

「……ねぇ、アラン君。覚えてますか? 以前、こうやって夜中に二人並んでお話したことを」

「あぁ、覚えてるぞ……あの時はティアにどぎまぎさせられたな」

「ふふ、どうしてどぎまぎしちゃったんです?」

「どうしてって、そりゃあ……」


 近かったからだ、そう言おうと思った瞬間、クラウディアは一歩身を乗り出して、以前と同じくらい――いや、それ以上に近づいてきた。


「……こんな風に近かったからかな?」


 美しく澄んだ紫色の瞳がこちらを覗き込んでおり、彼女は口元を悪戯そうに吊り上げている。自分の腕は彼女の細い腕にからめとられ、クラウディアは完全に体を――というかその豊満な部分を――こちらに対して密着させてきた。


「前より近いな……」

「でも、アラン君が寒かったら本末転倒じゃないですか? 素直に温まりましょうよ」

「うぅん……あんまり年上をからかうもんじゃないぞ?」

「ふふ、年上、年上ですか……それじゃあ、お兄さんに甘えちゃいます」


 そう言いながら、クラウディアは一層こちらの腕を抱き寄せる力を強めた。おかげさまで寒気は消え失せたが、ある意味では緊張に妙な汗が噴き出してきた。


 先ほどの口調も、その態度も、ティアのものを彷彿とさせるが、今は以前にも増して更に大胆である。普段の口調こそクラウのものだが、どこか超然的な話し方や大胆な態度を見ると、やはり彼女を形成するのにティアという人格が混じっていることを再認識する。


 むしろ、以前よりも大胆になっているとすら感じるのは、ティア本来の大胆さにクラウの適当さ加減が上乗せされたからかもしれない。本来なら足して二で割れば薄まるものだが、彼女の場合はそのどちらも本質であったので、相乗効果でイケイケになっているといったところだろうか。


 同時に、自分はクラウディア・アリギエーリに不思議なシンパシーを感じている部分もあった。自分と同じ景色を見たからだろうか、話の速い部分もあるし、言葉にせずとも伝わる部分も多いように感じる。


 いや、元からクラウは察する能力は高かったようにも思うが、そこにティアの余裕が加わって、いい塩梅になったというべきか。それにジョークのセンスも近くなったように思うし、自分としては彼女と話していて居心地の良さを覚えているのは――今の物理的な距離の近さから来る緊張感はひとまずおいておいて――確かだった。


「……私、実はちょっと悔しい部分があるんですよ」


 こちらが一方的なシンパシーを覚えている傍らで、ふと横からそんなアンニュイなため息が聞こえる。見ると、言葉と同じようにアンニュイな表情を浮かべて、クラウディアは視線を満点の星が浮かぶ湖面へと降ろしている。


「藪から棒だな……どうしたんだ?」

「私にだけ無いんです……一万年前の想い出が。もちろん、お話を聞けば、情報としてアナタの足跡を理解することはできると思います。でも、ソフィアちゃんにはグロリアさんの、エルさんにはリーゼロッテ・ハインラインの想い出が直接共有されている訳で……そういった生の体験が、私にだけないんです」


 そこまで聞いて、ようやっと彼女の言いたいことが呑み込めた。今回の戦いにおいて、自分やチェンを筆頭に、遥か過去の因縁に立ち向かっている面々が多い中で、確かにクラウディアはそういった因縁が無いといえる。因縁の長さだけで言えば、通常の尺度で考えれば長い時を経ているはずのT3ですら、たかだか三百年と言えてしまうかもしれない。


 逆を言えば、クラウディアは遥か過去の人間たちがやらかした諸々のことに巻き込まれた被害者とも言えるし、その中で抜群の存在感を放つ特異点とも言える。それに――。


「……それって必要なのか?」


 何かに立ち向かうことに対して、全てを理解している必要などないとも思う。もちろん、事情を知らずに戦うことは無理解による暴力となりかねない側面はあるが、同時に全てを理解する事なんて不可能だ。そうなれば、結局は己の信念の任せる範囲で何かに立ち向かうしかないし、無理して全てを知る必要もないと思う。


「不要必要で言えば分からないですけど……でも、私にだけないなら、悔しいって気持ちも理解できません?

 まぁ、ないものねだりしても仕方ないですからね。私にとっては、私の知る範囲のアラン君が全部ですから」


 そう言いながら、クラウディアは一層こちらに身を預けてきた。何となく、自分は何か勘違いをしているような気がする。彼女の論点は「戦うために知るべきことを知っていること」ではなく、単純にソフィアやエルとの差についてだったのかもしれない。


 彼女もこちらが勘違いしていることには気付いているのか、ともかく密着する彼女の香りと温かさと柔らかさで、どうにかなってしまいそうな心地がしてくる。


 このままではいけない、雰囲気に流されてしまいそうだ。そう思って背筋を伸ばし、気持ち彼女との距離を空け――拒絶したいわけでもないのだが、少し落ち着きたい――少し話題を変えることにする。

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