14-39:高次元存在の真意 上
「……どうして俺だったんだろうな?」
ふとそんな疑問が、当初考えていた二つの疑問とは別に湧き上がってくる。一巡前に高次元存在と化した旧支配者は、自分のことなど露とも知らなかったはずだ。それに改造手術を受ける前の自分は、別に特別な思想を持っていたとも思わない――それで何故高次元存在は自分に目をつけたのか。
こちらが何気なく上げた疑問に対し、隣に座る少女は両手で口元を塞ぎながら――少々さむらしく、どうやら吐く息で手を温めているようだ――少し思案するように瞼を閉じて、ややあってからこちらへと向き直った。
「それはですね……高次元存在は、アラン君のことが好きだから、みたいですよ?」
「はぁ? なんじゃそりゃ……俺は未だに意味を見いだせだなんて命令、クソみたいなもんだと思っているぞ?」
「多分、そういうことが気に入ってるんじゃないですかね……というのは冗談だとしても、多分期待しているのは本当です。アナタが世界に意味を見出してくれるんじゃないかと……それが絶対のものでなくとも、一つの答えといえるような確信的な何かを見出してくれるんじゃないかって、そんな風に期待しているみたいです」
そう言われても全くぴんと来なかったが、クラウディアはそこで再び縮こまって白い息を吐き出した。自分は外套を脱いで彼女の肩に掛け――少女は一瞬だけ驚いたようにこちらを見て、すぐに羽織ったそれにくるまりながら微笑んだ。
「それで、もう一つ疑問なのは……高次元存在が七柱の創造神、とくに右京やゴードンに対して介入をしなかった理由だ。アイツらの目的はクラークのものとは違うと言えども、手段としては近いはずだ。そうなると、止めるべきなんじゃないのか?」
とくに、右京の目的は――変わっていなければだが――世界に無意味を返すことだった。それは高次元存在が望む答えではないように思う。
もちろん、右京の目的が達せられれば、それはクラークの場合とは別の結果になる。クラークの作る世界は一巡するだけなのに対し、右京の望むは無であり、もう二度と何も巡らなくなるだけなのだから。
だが、ナンセンスに帰結するという点では一致しているはずだ。それを防ぐのなら、高次元存在は右京を止めに掛かるはず。右京も同じように考えており、自身に対する抑止力を探していたのだと思う。逆説的に言えば抑止力が存在しないということは、高次元存在からクラークと同等の脅威と思われていないという証明になってしまう。
「……以前少し考えたんだが、実は右京の奴にも高次元存在は味方してるんじゃないかと。だから、少なくとも高次元存在はアイツに対する刺客を差し向けなかったし……もしかしたら協力すらしてるんじゃないかとな」
実際、右京が徹底的に追い詰められたのは海と月の塔が初めてだったと言っていいだろう。それこそ、追い詰められない様に常に自分の存在を隠していると言えばそれまでだが――それでもいままでアイツが生き残ってこれたのは、星右京自身の能力が優れているのももちろんだが、そもそも高次元存在がアイツの目指す先を認めているからではないか。
その答えを自分は知りようもないが、目の前の少女なら分かるかもしれない。そう思って疑問を投げてみたのだが――クラウディアは瞼を閉じて少し黙った後、どこか曖昧な様子で口を開く。
「うぅん……その辺りは、ちょっとイメージに靄が掛かって確実なことは言えないです。ただ、アラン君の予測通りなんだと思います。高次元存在は単独の意志の元に動いているのではなく、複数の派閥のようなものが存在しているみたいです。それらは共に世界の意味を模索しているようなのですが、それぞれ別の方法を試みている。
ですから、もしかしたら私やアラン君、それにナナコちゃんに意志を読み取る力を与えてくれている派閥に対し、別の派閥が星右京のことを支持している……みたいなことがあるんじゃないかと」
クラウディアは目を閉じながら、小さな声でそう答えた。複数の派閥があるというのは、高次元存在が海のようなものと考えれば合点はいく。海は繋がっているけれど、時と場所によって特徴がある。激しい海に穏かな海、透き通った海に濁った海、冷たい海に温かい海――全てが繋がっているとしても、部分によって様相は様々であり、高次元存在というのもそういう存在なのだろう。
もちろん、この考えは先ほどの単一の存在が――クラークのような意志を持つ存在が――高次元存在となったという思考とは一見すると矛盾するように見える。しかし、恐らくそれだってあり得るのだ。人とは、意志という物は常に単一の方向性を矛盾なく目指せるものではない。海と同じく時と状況によって、その在り方を変幻自在に変えるのだから。
そういった意志のうねりの中に、自分たちを支持してくれている派閥が存在する一方で、右京のような者を支持する派閥もいる。そう考えると、また少々むかっ腹が立ってくるのも確かだ――穿った見方をするのなら、結局高次元存在の意見の対立とやらに対して、自分たちは代理戦争をさせられているという風にも取れなくはないからだ。




