14-36:少女の内省 下
「多分、グイグイ行き過ぎて、視野が狭くなってる部分があると思うの。ちょっと一歩引いてみれば、もう少し相手の色々な所が見えてくる……アナタは大切なものに一直線で、そこが凄く可愛くて魅力的な部分でもあると思うけれど、それ故に見たい部分だけ見ようとして、他の部分を見ないようにしている部分が無いかしら?
だから、相手の見たくない部分や、理想と違う部分に対して、不機嫌になったり納得しなかったりする……それって、凄く独善的だと思うの」
そう言われても、直ちに納得できるものでもない。彼女の言っていることは一切間違えていないと思うのだが、自分としてはそこまで独善的なつもりはなかったからだ。一応、レヴァルでは司令官としての立場にあったし、可能な限り人を客観的に見つめてきたつもりはある。
他者を評価してきた基準で自分の行動を見返してみて、そこまで独善的であったとは思わない。確かに積極的に行こうとしていた部分はあるが、そうしなければ自分は勝てないという判断もあったし、何よりもそこまで過剰であったとも思っていなかった。
だが、もし自分が思っているように動けているのなら、グロリアは絶対に釘を刺してはこなかったはず。グロリアは意地悪ではあるが、決してただ人を困らせることをして楽しむタイプではない。彼女なりに真剣にこちらを心配してくれているからこそ、厳しいことを言ってくれているのは理解できる。
要するに、自己評価と他者からの評価が乖離を起こしているということになるのだが――結局、自分というものを客観的に見ることが一番難しいのであり、自分は自身のことを過大評価していたということになるのだろう。
「……一応断っておくと、アナタの自己評価はそんなにズレているわけじゃないわ。言ったでしょう? 大切なものに一直線だって……アナタは大体のものを客観的に見れるのに、すごく大切なものに対してだけはそれができていないのよ」
もちろん、それって普通なことかもしれないけれど、グロリアはそう言って言葉を切った。実際、大切なものには感情が入ってしまい、論理的な思考ができなくなることはままあるのかもしれない。
そう思い返せば、思い当たる節はある。一つは、星右京に対して――正確には勇者シンイチに対して。彼が自分に対して苦手意識を持っていたのは、自分が勇者という存在に対して理想を押し付けてしまっていた部分は間違いなくあった。
同時に、だからこそ自分の理想を超えて走り続けるアランに強く惹かれたのであるし、それ故に自分の感情が先行してしまっていた部分があるのは否定できない。それは先日、グロリアが言っていた「全てを捧げる献身性は相手に対する無理解である」ということの答えでもあったのだろう。つまりグロリアは、感情が先行して一方的な想いを相手にぶつけることを諫めていたのだ。
「……だからこそ、大切な相手に対しては一歩離れて見てみる必要がある。人には色んな側面があって、魅力的な部分もあればそうでない部分もある。でも……魅力しか見てくれなくて理想を押し付けてくる相手と、魅力も欠点も認めたうえで自分の存在を認めてくれる相手。アナタならどっちと一緒にいたいと思う?」
「それは……」
言うまでもなく後者だ。そして、自分は前者なのであり、エルやクラウは後者であるように思う。
「アナタが今も思っている通りよ。だからといって別に、アランに対する態度を百八十度変えた方が良いとは言わないわ。アナタのその猪突猛進な感じはそれはそれで強みだと思うし、人との付き合い方を他人から言われて規定するのもなんだか違うじゃない?
でも、今のアナタが彼に幼いと思われているのは、きっとそういう部分だから……ちょっと一歩引いて見て、彼を見直すのも必要なんだと思う。それこそ、また新たな魅力が発見できるかもしれないわよ?」
彼女の言う通りだろう。視野を広く持てばきっと余裕もできるし、今までは気付かなかったあの人の良い部分も見えてくるかもしれない。
だが同時に、今までの自分があまりに独善的であったという後悔と、果たして自分が変われるのかという不安で気持ちが落ち込んできてしまう。久しぶりにあの人とゆっくり話が出来て、ドキドキしてどうにかなりそうだったのに――。
「ほら、そんなへこんでないで。アナタがくっついててアランもデレデレしてたんだから。間違いなくアナタのことを意識はしているわよ」
「……そうかな?」
「それに、アランと新しい約束をしたでしょう? それなら、まだまだたくさんチャンスがある……その時に頑張ればいいの。大丈夫、アナタはきっと変われるわ。だってアナタはソフィア・オーウェルなんだもの」
「それは意味がよく分からないけれど……うん、頑張るね」
意味はよく分からないなりに頷き返すと、機械の鳥も満足そうに頷き返し、そして窓際へと飛んでいった。自分も彼女の隣に立つと、その先には高原の中で筆を走らせ続けるあの人の背中があり――しばし二人でその背を見守り続けたのだった。




