14-32:高原にて ソフィア・オーウェルの場合 上
チェンの操縦するヘリに連れられてクラウディアが別荘に到着した後、一同で昼食を取ることになった。料理はT3が――クラウディアも手伝うと言ったが疲れているだろうと断られ、ナナコはとくに理由もなく手伝いを断られていた――してくれたが、如何せん大所帯となって一緒に囲める食卓もなかったので、チェンとT3はヘリの方
食事中に、クラウディアより孤児院の状況が伝えられた。光の巨人の消滅に伴い、院内の孤児たちもその職員たちも全員無事に戻ってこれたようだ。街から程離れた場所にある孤児院では世俗の情報から隔離されており、よく言えば混乱は最小限であり、悪く言えば現状を正確には把握できていなかったらしい。そこに事情を良く知るクラウディアが現れ、状況を――世俗の人に公開しても問題ない範囲で――共有し、ひとまず院では落ち着きを取り戻したとのこと。
なお、ヘリがここに戻ってくるのに少し遅くなったのは――元々往復二時間程度が見込まれており、もっと早く帰ってくる予定だった――海と月の塔から院へ食料を運んでいたから。近隣の街では混乱が極まっているし、街道の結界は弱まって魔獣が跋扈しているので、僻地にある孤児院から出て食べ物を調達するのが危ないとのことでチェンが気を回してくれたようだ。
自分としても縁のある場所なので、どうなっていたかは気になっていたところではあり、ひとまずみんな無事で良かった――それどころか子供たちは元気いっぱいだったようで、子供たちと付き合ったクラウディアは前日の戦いの疲れも相まってへとへとの様子だった。
「戻ってきたらアラン君と色々と話したかったんですけど……きっと皆も同じでしょうから。今日の所は私は二度寝三度寝しておくことにします」
クラウディアは食事が終わるとそう言って立ち上がり、送迎をしてくれたチェンと料理をしてくれたT3に対して深々とお辞儀をして、別荘二階の寝室へと上がっていった。
食後は外へと出て、自分は絵の続きをやろうとキャンバスへと向き合うことにした――が、なかなか集中できなかった。その理由は食後の満腹感から来る眠気も多少はあるのだが、一番の要因は隣でこちらを見つめてくる綺麗な碧眼だった。
「あの……お邪魔かな?」
横を向くと、ソフィアは申し訳なさそうに小さく縮こまってしまった。今は肩にグロリアはいない。昨晩夜更かししたことが原因で、彼女の精神は少し眠りについているらしい。また、ナナコとT3、チェンは別荘内でのんびり過ごすのだとか。本来はレムの声をまたラジオ代わりに――今日は右京のことを聞こうと思っていたのだが――レムも昨日の件であまり誰かと二人っきりの所を邪魔するべきでないと考えたのか、今はまったく彼女の気配を感じない。その結果、午後の穏かな高原の草原で、自分とソフィアの二人きりという構図になっているのだった。
「いや……ただ、横で見ているだけじゃ、退屈じゃないかなと思ってさ」
「うぅん、そんなことないよ。アランさんが一生懸命頑張ってるところが見たいし……それに、さっきの大きいあくびも面白かったし」
そう言いながらソフィアはくつくつと笑い、しかしすぐにその笑いは大人っぽい微笑になって、彼女は綺麗な目でこちらを真っすぐに見据えてくる。
「何より……もう会えないと思っていたアナタの側にいられるだけで幸せだから」
吹く風に髪を抑える少女の仕草は、一年前とは比べ物にならないくらいに大人っぽくなっていた。自分は彼女の実年齢を知っているからこそその顔立ちに年相応の幼さを見つけることはできるが、正直この前まで子供だと思っていた少女の急激な成長とその美しさに、思わずドキっとしてしまう。
多分、こんな風に彼女を見てしまうのは、昨日グロリアに色々と言われたせいもあるだろう。自分がこちら側に帰ってくるのに一生懸命に戦ってくれた彼女を意識してしまっている部分は間違いなくある。ただ、いくら彼女が大人っぽくなったと言っても、結構な歳の差はあるぞ――そう思いながらも、しばし美しく成長した少女から目を逸らすことが出来なかった。
しばし見とれていると、ソフィアは負けじと大きな目でこちらを見返してきて、最終的にこちらが耐えられなくなって視線を絵に戻すと、横からまたくつくつと楽しそうな笑い声が聞こえた後、「でも」と言葉が続いた。
「私もアランさんのお邪魔をしたい訳じゃないから……私の視線が気になるのなら、少し離れるよ?」
「大丈夫だ。折角だし、ソフィアとも色々話をしたかったしな」
「いいの? 私もアランさんとたくさんお話したかったから、絵を描くの邪魔しちゃうかも?」
そう悪戯っぽく笑う彼女の顔は、一緒に旅をしていた時に何度か見たものだった。それに懐かしさを感じ――ひとまず今は絵に集中できそうにないと観念し、筆を一旦置いて彼女の方へと向き直り、「望むところさ」と返答した。




