14-31:セブンス、あるいはナナコという少女 下
「多分、きっと……クローンのナナセがT3さんに伝えたのは、本物のナナセの願いだったと思う。もし私がナナセだったら、きっと同じようにしたと思うから」
「それじゃあ、その願いは全部本物だよ。最初はオリジナルのものだったのかもしれないけれど、それが剣の勇者に、そしてアナタに受け継がれている……そこにオリジナルもクローンも無いんだから」
ナナコはハッと目を見開き、しばし驚いたようにソフィアを見返していた。自分としても、やっと得心がいった――ソフィアは最初からそれが言いたくて、敢えてレムに質問をしていたということなのだろう。
ナナコはクローンのクローンという、その生い立ちは複雑極まる。オリジナルのナナセの話が多いと、まるでナナコが紛いものであるかのような印象を持たれてもおかしくはない。ソフィアはそんなナナコを慮って、敢えて少々遠回しに彼女の今のあり方を肯定して見せたのだ。
ナナコもそのことを認識したのか、驚いた表情をした後は頬をほころばせ、瞳を輝かせている。
「ソフィアが私に対して優しい……!」
「……どういう意味かな?」
「ひぃ! その、あの、えーっと……ソフィアはいつでもヤサシイデス!」
静かでどこか威圧的な笑みを浮かべるソフィアに対し、ナナコは背筋をピンと立てて敬礼しながら応えた。
二人の少女の寸劇が終わると、引き続きレムが夢野七瀬について知っている限りのことを話してくれた。とはいえ、オリジナルのことは概ね先ほど話し終わっていたので、後は剣の勇者としての彼女のことであり、その情報は概ね以前に知らされていた、または自分が予測していたことと一致していた。
ナナセに限らず、魔王征伐の勇者は十五年の時をもって月で育成され――非人道的と言えるかもしれないが、培養液の中で――生前の記憶を植えつけられ、異世界から呼び出されたという体裁で海と月の塔の最上階へと降ろされる。そして、教会側から用意されたお供が付き、王都へと向かって炎の魔剣ファイアブランドが下賜され、魔術師とハインラインの血族と合流する――というのが魔王征伐の始まりということだった。
後のことはアナタの記憶の通りです、レムがそうT3に向かって言ったことで、夢野七瀬の物語は幕を下ろされた。それは終わってしまった物語であるものの、悲しむ必要はない。確かに夢野七瀬の物語は悲劇で幕を閉じたのかもしれないが、その続きは確かにナナコという少女に継承されているのだから。
長時間の会話のせいもあるのか、同時に気持ちを整理したい部分もあるのか、ナナコは話が終わると立ち上がって、ソフィアを誘って少し散歩をしようと持ちかけた。ソフィアもそれを了承し、二人が湖の方へと歩いて行くのを見送っていると、横から石像のように動かなくなっていた男の方から声があがった。
「……私からも礼を言う」
「お、なんだ? 先輩と敬う気持ちになったか?」
何についての礼か考えるより先に、とりあえず反射で適当が出てしまった。しかし、T3が礼を言いたかったことは、恐らくオリジナルのナナセを救ったことに関してだろう。自分があの場で彼女を救っていなかったら、コイツはナナセと出会うことは無かったのだから。
しかし、適当なことを言ってしまったせいか、T3はまた仏頂面で黙りこくってしまう。いや、正確には――ナナコと同じように、コイツも自分なりに先ほどの話を整理している、という方が正しいのかもしれない。
「なぁT3。ナナコは……いいや、本当に初めて会った時のセブンスは、俺のことをおぼろげながら覚えていたんだ。そうなったら……」
「……あぁ、そうだな。セブンスはオリジナルから、間違いなく魂を継承している……それは紛れもない事実だろう」
「それが分かっているなら、もう少し優しくしてやったらどうだ? ナナコは、あの夏の日に小さな猫を救おうとした優しい少女であると同時に、お前が愛した夢野七瀬でもあるんだからさ」
恐らく、T3がナナコにきつく当たっている要因はこの辺りにあるはずだ。そして、こんなことを言うまでもなく、コイツはとっくに気づいていたはずなのだ。ナナコには間違いなく、ナナセの想いが継承されていると言うことを。
しかしまぁ、確かに自分がこの男の立場だとして、すぐさま態度を変えるというのは難しいかもしれない――そんな風に思っていると、男は芝生の上で腕を組みながら、珍しくクソデカため息を吐いた。
「……私は奴のおしめを変えていたのだぞ?」
「ぶふぉお! いや、それはなんというか……それは確かに難儀だな」
男から出てきた言葉の異質さに思わず吹き出してしまったが、冷静に考え直すとその事実は確かに難儀だろうと思う。この男にとってナナコという存在は、かつて愛した女性の現身であり、とはいえまた違った生い立ちから育ったものでもありつつ、同時に娘のような存在でもある。逆の立場だったら、自分の情緒はずたずたになっているかもしれない。むしろこの男としては、ナナコとは距離を取ることで――同時に目を離すこともできないようだが――上手く自分の情緒を保とうとしているのかもしれない。
一方のナナコは、T3のことを父とみなしているわけでもないし、異性として特別視しているわけではないように思う。ただ、単純に大切な仲間として見ているという印象であり――互いに大事には思っているが、互いの認識には結構な溝があることは間違いない。
「……本当に難儀な奴だな、お前はよ」
同情すれば良いのか、憐れんでやればいいのか、いっそ笑ってやった方が良いのかも分からず、自分としてはそんな風に言ってやることしかできなかった。ただ、間違いなくT3とナナコは互いを特別とみなしており、その二人の認識の溝が埋まるには時間が必要になることが想定される。そうなれば、せめて二人がゆっくりと歩んでくれる時間があればいい。
そんな風に思っている矢先に、遠い空からこちらへ向けて何かが飛来してくる気配を察知する。敵意のないそれは、恐らく――気配のする方を見ると、やはり小さな点が南中にある太陽の方から徐々に近づいて来ており、視認できる距離まで来た時には、それがここに来るときに利用したヘリであることが確認できたのだった。




