14-29:セブンス、あるいはナナコという少女 上
「それで……オリジナルの夢野七瀬は、どうなったんだ?」
レムに尋ねたT3だ。自分としてもオリジナルの夢野七瀬は気になるが、三百年前に現れた夢野七瀬がクローンであったことを考えれば、恐らくは――そして自分の予測を肯定するように、レムは目を瞑りながらゆっくりと首を横に振った。
「残念ながら、オリジナルの最後に関する正確な記録はありません。とくに旧世界において光の巨人が発生した後には、大規模な電波障害が発生してMF端末による健康情報や位置情報も追えなくなっていました。
一つだけ確かなことは、光の巨人が現れた瞬間においては、彼女は心を絶望に落とすことなくいたことと……DAPAの移民船に乗らなかったということだけです」
つまり、オリジナルの夢野七瀬は旧世界において光の巨人の出現とともにその命を散らしたということになるのだろう。彼女は不安に揺れる人々を励ましながら、最後まで諦めずに行動をしていた――彼女の魂を継承するナナコを見ていると、そんな姿がアリアリと目に浮かぶようである。
なお、オリジナルの七瀬の遺伝子情報については、件のデータベースに予め保存されていたために活用できた、ということがレムから補足された。それを受けてT3はやや苦い表情を浮かべた後、ややあってから口を開く。
「もう一つ気になるのが……ナナセは旧世界において、ある者から救ってもらったと言う。そのことについては分かるか?」
質問をしたのはT3だったが、ナナコの方もその内容が気になるのか、背筋をピンと張りなおしてレムの方を見つめた。二人の疑問に関しては、実は自分が答えを持っているのだが――ひとまずDAPA側がどう認識していたのかが気になり、黙ってレムの答えを待つことにする。
「自動車の暴走から救ってもらったという話ですよね? その件については、実は私たちも確かなことは言えないのです。オリジナルの彼女自身が周りにも言っていたことであり、記録として残っていたから彼女のクローンにも同様の記憶は持たせました。それが彼女が誰かを護るための力を求めた重大な契機であったと我々は判断したためです。
しかし、実際に彼女の言う時期に起こった事故について私の方でも調査はしてみたのですが……確かに事故の記録そのものはありました。そもそも当時の車はアルファ社の制御チップによって自動運転をしていましたし、その当時にトラックを暴走させたのはアルファ社がそのように制御したからです。
ですが、彼女の言う命の恩人に関する情報は一切なかったのです。もしかすると、緊急事態において彼女の脳が見せた幻覚だったのか、はたまた当時にマルチファンクション端末を持たないで外を出歩き、本当に彼女を救った人が居たのか。
ただ後者だったとしたら、病院への搬送記録か死亡の記録は必ず残るはずなのです。そういったものもなかったので、前者が濃厚かと判断されていましたが、私としては……」
そこでレムは言葉を切り、椅子に腰かけているこちらの方を見上げてきた。
「あぁ、夢野七瀬を救った奴は確かに居たんだ。そして、そいつの死は政府によって無かったことにされたんだよ」
「やはり、そうだったんですね……」
「やはりってことは、確定はしてなかったんだな?」
DAPAの技術力を持ってすら確定させられなかったということは、ACO側の偽装工作の精度も高かったと言えるのだろう。自分はどのようにACOが工作をしたのかまでは分からないが――ともかくレムはこちらの質問に対して頷き返してくる。
「可能性としては考えていましたが、その根拠はなかったんです。私が持っている記録は、右京がDAPAに持ち込んだものですから、兄さんが女の子を救うためにその身を挺したことまでしか分かっていなかったんですよ。
ただ、兄さんが事故に会った時期と、七瀬が救われたと言っている時期は近かった。兄さんの死は偽装されていましたし、七瀬自身は何月何日までは明言していませんでしたから、完全に符合させることはできなかったのですが……それでも同じ地域で、同じような事故が同時期に起こっていたのですから、私としては恐らく七瀬を救ったのは兄さんだと思っていたのです。
そして恐らく、右京も同様です。夢野七瀬を勇者として選定したことに関しては、アラン・スミスとの接点を感じてのこともあったのでしょうね」
生半可に自分と縁のある者を計画の一部に入れるとは余裕があるのか、はたまた何か深い意図があったのか。というよりは、右京のこだわりというやつか。そしてそのこだわりは、間違いなくアイツの首を締める行為であったことは間違いない。この星における七柱の創造神たちとの戦いは、一つでもボタンをかけ間違えていたらここまで来れていないはずなのだから。
もし第八代の勇者がナナセでなかったら、恐らくT3はこの場にいなかっただろう。そしてナナコとT3が居なかったら、ヘイムダルでの激戦において人々は心を絶望に落として――T3が世界中に自分が戦っている映像を流してくれていたことは聞いている――いただろうし、ナナコが人々の魂を束ねてくれなかったら、自分はあちら側でクラウディアを探し当てることができなかったのだから。
そんな立役者の一人である銀髪の少女は、こちらを真っすぐに見据えて口を開く。




