14-27:聖剣の勇者の虚構について 中
「アラン・スミス。今、レムと通信はできるか?」
墓前から発って湖畔の横を移動していると、T3が真顔でそう語り掛けてきた。
「あぁ、色々と忙しくはあるだろうが、どうせ俺と話すには百分の一メモリーも使わないとか言って付き合ってくれると思うぜ」
男に向かってそう返したタイミングで、「兆分の一に訂正してください」と女の声が脳裏に響く。要するに片手間で話ができると言う点には変わりないし――何なら兆分の一などこちらのことがどちゃくそにどうでも良さそうと勘違いされかねないので――とくに訂正することも無く話を続ける。
「それで、レムに何を聞きたいんだ?」
「……ナナセのことだ。チェンの調査により、彼女が旧世界に存在した人物のクローンであることは分かっているが、それ以上のことはことは分かっていないからな」
男はそこで一度言葉を切り、空の青を写す美しい湖畔へと向けてから再び口を開いた。
「私にとって、自分の知るナナセが全て……それで十分だ。彼女がどこで生まれてどう育ったのか、そして何故勇者として選ばれたのかなどということは、さして重要なことではないし、それを知ったところで何かが変わる訳でもない。
だが……知れるなら彼女のルーツも知っておきたい、そう思ってな」
「そうですね……私も気になります」
そう声をあげたのは、ナナコではなくソフィアだった。彼女としては、記憶のない友人が何者であるのか興味関心があるというところなのだろう。だが、肝心の本人は――正確には本人というより、夢野七瀬に限りなく近い者と言うべきだが――なんだか困ったように苦笑いを浮かべている。
「あの、私も聞いてよいものなんでしょうか?」
「良いも何も、ナナコの……」
ことだろう、そう言おうとした瞬間、T3が腕を上げて自分の言葉を制止してきた。ナナコの視線もT3に向かっているし、この二人の間に何かあったということなのだろうが、流石にその内容までは自分に理解できるものでもない。
T3は腕を下げて腕を組みなおし、変わらぬ仏頂面でナナコの方を見つめる。
「お前に関わることだ……気になるのなら聞いておくがいい」
「……はい! 私、気になります!」
ナナコは良い姿勢で敬礼のポーズを取り、T3は無言のまま頷き返した。
墓の前から移動し、自分が絵を描く場所で話を聞こうという流れになった。自分が倉庫から画材を取り出して来ると、規定の場所でソフィアとナナコが何やらお喋りをしており、T3はその少し遠目から仏頂面で景色を眺めていた。昨日はT3はナナコと一緒に辺りを散策していたらしいが、恐らくずっとナナコが話しかけて、T3が適当に相槌を打っているだけという構図が容易に想像がついた。
ともかく自分が画材の準備を済ませると、ソフィアの肩に乗っていたグロリアの機械の目から昨日と同じように光の粒子が流れ始め、その先に昨晩と同じく手のひらサイズの女神レムが姿を現した。生体チップがあればレムが直接語りかけることができるのだが、この中でチップが生きているのは自分とソフィアくらいのため――ソフィアのものは除去も想定されたが、モノリスに触れていないので魔術を行使するために残した――こうやって姿を現したほうが皆話を聞きやすいだろうということでホログラムを出した形だ。
「さて、アルフレッド・セオメイル。ナナセの何を聞きたいんですか?」
「T3だ……旧世界の彼女が何者であり、そして何故勇者に選ばれたのか……その辺りのことを聞きたい」
「承知いたしました。その前に、恐らく魔王征伐における本来の勇者とは何者なのか、から話したほうが良いかもしれませんから、そこからお話しますね」
そう断りをいれてからレムは話しを始めた。魔王征伐における勇者の存在そのものについては、以前に自分が考察した内容とそこまでズレたものではなかった。ただ、同時に何点か疑問もあるので、それをレムに聞いてみることにする。




