14-25:遠い日の約束 下
「どうかな?」
「あの、その……うん、凄く嬉しい」
こちらとしては、モデルが満足してくれる以上の満足はない。それに、自分としても中々の自信作だった。オリジナルが知っていた少女より美しく成長した彼女を、幻想的な光の色彩と併せて上手く表現できたように思うからだ。
在りし日の彼女より彼女が大人びて見えたのは、自分が知らない間にたくさんの苦労や経験を彼女が積み重ねてきたことが要因だろう。その成長を見届けられなかったことには一抹の寂しさを覚えるが――同時に彼女自身が自ら道を選び、歩んできたからこその美しさがあったのだから、それは喜ぶべきことだとも思う。
「……でも、ちょっと意外だったというか……その、自分じゃないくらいに綺麗で……ソフィアから聞いてた感じだと、幼く描かれちゃうのかなぁって」
「うん? ソフィアがそんなこと言ってたのか?」
こちらの質問に対し、グロリアはあからさまに「マズイ」という表情を浮かべた。自分としては、別にソフィアが不満を言っていたことは仕方がないと思う。事実として、彼女を描いた時にはまだまだ人物画に慣れていなかったこともあるし――。
「初めてソフィアを描いた時には、ちょっと無理して大人と接しているって印象があったからな……そのせいかもしれない。
それに、なんやかんやで人を描く機会も増えてきたし、人物画も慣れてきたおかげもあるのかもしれないが……でも、俺から見たグロリアは、こういう風に見えてるんだ」
「あ、うぅ……バカ……」
完成品を指さしながらそう伝えると、グロリアは改めて気恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。頑張って描いたのに馬鹿と罵倒されてしまった訳だが、嘴攻撃も無ければ彼女も満更でもなさそうなので、こちらとしても良しということにしておくことにする。
「それで、こいつはどうする? ソフィアはもらってたと思うが……」
改めてそう言いながら画を指さすと、グロリアはこちらへと向き直り、姿勢を正してからこちらへ向けて掌を差し出してくる。
「良かったら、アナタが持っていてくれないかしら? 私はまぁ、今はアレというか、ソフィアの体に宿ってる訳だし……あ、でも、勘違いしないでね。もし持てるんだったら、それこそ一生の宝物にしたいくらいなんだから」
そして少女の幻影が「ありがとう」と一礼をすると、椅子の上からホログラムが消え去り――横で音がすると、機械の鳥が翼をゆっくりとはためかせていた。グロリアはそのまま扉の方へと向かって飛んでいき、器用にかぎ爪でノブを回して扉を開け放ち、もう一度こちらへ振り返った。
「遅くまで付き合わせて悪かったわね……でも、さっき言ったのは本当よ。アナタに描いてもらえて……それがかつての私の姿だとしても……本当に嬉しかった。繰り返しだけと、ありがとう、アラン」
彼女の声は優しく、柔らかく、その調子が画の評価はおべっかではなく、本当に満足してくれている気持ちが伝わってくる。その気持ちにこちらも満足感と、集中していたことに対する適度な疲労感が乗っかり、少し頭がぼぅっとしてくるのだが――逆にそのおかげか、在りし日の大切な約束が脳裏に浮かんできた。
「なぁ、グロリア。思い出したんだ……DAPAとの戦いが終わったら、君と一緒に暮らすっていう約束を」
それは、行き場所のない二人が互いを支えるべく交わした遠い日の約束――元はと言えば、自分が戦いが終わった後に消されてしまうと落ち込んでいる時に彼女が気を使って生きがいを提供してくれた部分はあると思うのだが、自分自身も彼女の成長を見守りたいと思ったから同意した。
だが、今となっては事情も大分異なる。自分としては、この約束をどうするべきかという明確な答えがある訳でもないのだが。対するグロリアは、以前に極地基地でこの約束のことを覚えていたのだから、きっと今も心に置いておいてくれているだろう。
そうなると、グロリアはこの約束をどう思っているのか――そんなことが気に掛かって口にしてみたのだが、機械の鳥はしばしこちらをじっと見つめた後、どこかいたずらな調子の声色で首を傾げた。
「……それじゃあ、ソフィアと一緒に私をもらってくれる?」
「は、はぁ? 流石に、それはソフィアの意見も聞かないと……」
「冗談よ、冗談……アナタがよく言う、つまんないジョークの真似事よ」
そこで機械の鳥は言葉を切って窓の外を見る。自分もそちらに視線を向けると、いつの間にか外が少し明るくなり始めている――そして視線を戻すと、グロリアは小さく首を振っているのが見えた。
「アナタが一緒に暮らそうっていう私の意見を呑んでくれたのは、私が行き場所が無くて幼かったからっていうのは分かってる……でも、あの時と今じゃ全然状況も違うんだから。戦いが終わった後のことは、またその時に考えましょう?」
グロリアはこちらに背を向けて、「それじゃあ、良い夢を」と言って去っていった。彼女の影が見えなくなってから立ち上がり、扉を閉めると、先ほど集中していた反動か、すぐさま一気にどっと眠気が押し寄せてきたのだった。




