14-24:遠い日の約束 中
「あのね、アラン。私はアナタじゃないから、気にしないでなんて言えないけれど……罪はきっと、いつか贖われるのよ。うぅん、正確には……人はやり直すことができるんだと思う」
モデルであるグロリアは、こちらに横顔を見せながら少し視線を上げる。
「ママは……ファラ・アシモフの最後は立派だったわ。それこそ、レムリアの民たちにその死を惜しまれ、悼まれるほどに。でもね、それはファラが押しつぶされそうになるほどの罪と向き合い、その中でできることを探し、足掻き続けたからに他ならない。
そして私は……少なくとも、世界の誰が否定したとしても私は、彼女が母であったことを誇りに思った……彼女がどんな大罪人であったとしても、あの人が自分の母で良かったと思ったの」
彼女の横顔は、どこか満足している様でもあり、何かを悟ったように落ち着いた笑みを称えている。アシモフが既に散っていたことは聞かされていたが――どうやら最後には娘と通じ合えたということか。
ある意味では、母子を引き裂いたのは自分とも言える。もちろん、当時の母子は一度距離を離す必要があったとも言えるのだろうし、ある意味では長い時を経て、双方が様々な体験をしたからこそ分かり合えたとも言えるのだろうが――ともかく、アシモフの親子に関しては多大な影響を持ってしまったことに関して、多少は荷が降りるような気持ちがしてくる。
同時に、グロリアはこう言いたかったのだろう。彼女から見たら許せない存在であったファラ・アシモフですら、その行動によって罪を贖った。それならば、アナタにもそれが出来るはずだと。
だが、それでも――罪が贖われることと、一度は血に染めた手で誰かと一緒になるというのは、また少し話が違うようにも思う。そんなこちらの思考を読んだのか、グロリアは大きな目で真っすぐにこちらを見据えて、小さくかぶりを振った。
「アナタが自分自身をどんなふうに評価しているかは知っているつもり。でもね、あえて厳しく言えば、それはアナタの独りよがりよ。それこそ、私たち皆、アナタに帰ってきて欲しくて一生懸命に戦ったんだから……あまり自分を卑下していたら、それは私たちの頑張りに対する冒涜だと思わない?」
「……そうだな」
確かに、彼女の言う通りだ。あまりに自分を人殺しだなんだと言って卑屈になるのは違う。グロリアたちは自分を人殺しだと知って、なお困難を乗り越えて自分を救ってくれたのだ。それで自分なんかといじいじしているのも、彼女たちに対して失礼に当たるだろう。
ただ、そんなことより――そんなことよりというのもある意味では失礼かもしれないが――今のグロリアの表情は良い。モデルとして描かれるため彼女は再び横を向いているのだが、表情が柔らかく、自分の中にあった完成図のイメージに近い。そのため一度細かい思考は置いておいて、足りてなかった色の絵具をパレットに出し、水に浸していた筆を取って一気に色を塗り重ねていくことにする。
「それでまぁ、そんなアナタだからどんな子が良いかとか、まだ想像もついてないと思うんだけれど……アナタにはね、ちょっと強引で、正面からぐいぐい行くタイプが向いていると思うのよ」
「そうかもな……」
「アランは鈍い所があるし、そのくせ変に遠慮しちゃうところがあるし……だからね、アナタのそういうところを全然無視して、すっごい力で引っ張ってくれる子が合ってると思うの」
「一理あるかな……?」
絵の方に集中をし始めているので、彼女の言葉はあまり頭に入ってこない。グロリアの方もこちらを見ずに話に集中しているので、生返事を返しながら筆を進めていく。
「あとね、素のアナタを受け入れてくれるタイプっていうのが重要だと思うの。アナタって聞き訳が良いようで、全然相手の話を無視してことを運ぶことが多いでしょう? やっちゃダメって約束した五秒後には破ってるというか……それって、相手からするとやきもきしちゃうのって仕方がないと思うのよね」
「怒らないタイプが良いってことか?」
「逆よ逆。どんなにぷりぷりしても、最後にはアナタのことを許しちゃうタイプっていうのが重要なの。むしろ、アナタが全然言うことを聞いてくれないからドキドキしちゃうタイプというか……」
「難しいな……相手がドキドキしてるかまでは分からないし」
「そんな難しく考えなくていいのよ。飾らないアナタを引っ張っていってくれる、そんな子が良いってだけなんだから」
「なるほど……」
「……ちょっと、聞いてる?」
「あぁ……完成したぞ」
グロリアが怪訝そうな表情でこちらを見たのと、絵が完成したのは同タイミングだった。キャンバスをひっくり返して自分の膝の上に乗せ、完成品を彼女の方へと向ける。こちらを見ていたグロリアは完成品をまざざと見つめ、しばし呆然と目を見開いていたが、ややあってから絵から視線を逸らした。
目を逸らしたと言っても、不機嫌になっているという感じではない。恐らく自分の姿をまざまざと見たことで、気恥ずかしさが出てきただけだろう――ただ気になってくれているのか、膝上にある彼女の絵をチラチラと何度も盗み見ていた。




