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14-23:遠い日の約束 上

「アラン。私は右京のことを許す気はないわ」

「俺もだぞ」

「そうなの? ちょっと意外だわ」


 少々怒気が籠っていた表情が和らぎ、彼女は言葉の通りに心底意外そうに首を傾げる。


「何となくだけれどね……アナタは右京に復讐してやろうだなんて考えているわけじゃない。ただ、右京が間違え続けてしまったから……止めようと思っているだけなんじゃないかって」

「そうだな……その予想はあながち間違いじゃない」

「ほら、思った通り」

「ただ、全力でグーパンを入れてやろうと思ってるぞ? それこそ文字通り、アイツを星にするくらいぶっ飛ばしてやるつもりだ」

「ふふ、アナタに殴られたら、さぞ痛がるでしょうね、右京の奴」


 口元を手で押さえながら、目を細めて笑う彼女を――それが光が創り出している幻影であったとしても――見ていると、グロリアも自分が想定していたよりは右京のことを恨んでいないのかもしれないと思った。


 そう、アイツは死にたがっているだけだ。だが、ふと彼女にはまだ右京の裏切りの理由を伝えていないことを思い出す。つまりグロリアは、彼女なりに星右京という少年の本質を――恐らく非情にナイーブな理由で裏切ったと――見抜いていたのだろう。ただ、仲間を失った怒りの矛先が、その原因を作ったアイツに向くのは当然の帰結であり、自分が戻って来てべスターが安らかに逝ったことをことを知って、少し落ち着きを取り戻したということなのかもしれない。


 それにもしかすると、自分は彼女に試されたのかもしれない。自分が変わらずアラン・スミスであるのかどうか――きっと彼女の知るオリジナルは、自らを殺した少年に復讐を考えるようなタイプではなかったと。そして、今自分が彼女の思った通りに返答したことが面白くて笑ってしまったと、そんな所なのだろう。


 グロリアはひとしきり笑い終わって、今度は微笑みを浮かべながらこちらを優しい目で見つめてきた。


「私は、全てを奪った右京を許す気はないけれど……でも、アイツのことはアナタに任せるつもり」

「……良いのか? 君もアイツには色々言ってやる権利はあると思うが」

「こんな体になって権利も何もないわよ」


 そう言いながら、少女の幻影は両腕を仰々しく広げてみせた。グロリアとしてはジョークのつもりだったのかもしれないが、既に彼女の身体は無くなってしまっているという事実をまざまざと見せつけられている様に感じてしまう。こちらが神妙な表情でも浮かべてしまっていたのか、グロリアはすぐに慌てたように首を振った。


「大丈夫、卑屈になっていってる訳じゃない。ただ、アイツに復讐するのなら、きっとアランに任せるのが一番効くんだから……だから、アナタに任せるの」

「……あぁ、任せてくれ」

「えぇ……それで、あとどれくらいで描きあがりそう?」

「そうだな……もう少しだ」


 昔話に花が咲いたせいで少し遅れているが、あともう一息で完成というところまで来ている。一万年待たせてしまったことを考えればもう少し凝りたい部分もあるのだが、凝り始めれば無限に描けてしまう。何より、何回か人物画も描いてきたおかげか、少しコツも掴んできている。もう少し描き込めば、ひとまずは自分としてもそこそこ満足できる出来になるので、最後の一息を集中して筆を進ませることにする。


 グロリアの方もこちらの集中を妨げまいとしているのか、彼女のホログラムは口をつぐんでいる。とはいえ、まだもう少し話したい事があるのか、チラチラとこちらを盗み見ており――ややあってから決心したかのように閉じていた口を開いた。


「ねぇ、アラン……私、私ね……」


 意を決したように話し始めた彼女は、しかしそのまま再び押し黙り、ややあってから笑顔を――どこか寂しげではあるが――浮かべてこちらを横目で見てくる。


「……アナタ、好きな子とかっているの? 言っておくけど、人類皆兄弟なんてジョークは無しよ?」

「ダンのオッサンにも同じようなことを聞かれたな」

「その時は何て答えたの?」

「えぇっと、どうだったかな……そう、ソフィアたちの中で良い子はいないかって聞かれて、それで……」

「あ、分かった。妹みたいに思ってるって言ったんでしょう」


 ちょうど自分が何を言ったのかを思い出したのと同時に、グロリアは楽し気に――先ほどの寂しげな雰囲気は引っ込んでくれた――笑った。


 一方こちらはまさしく図星を突かれ、今度は自分の方が口をつぐむことになってしまう。ソフィア達の好意に関して、自分だって全く気が付いていない訳でもない。しかし、記憶を取り戻した自分としては、彼女達の好意に対して暗い感情が出てきてしまう部分もある。


 自分は間違いなく暗殺者だ。その罪の所在についてはさんざ考えてきたし、何度もべスターや右京、今日もチェンと話をしてきて、単純に自分が消えればいいなどという短絡的な結論を出すことは間違えているとは思えるようにはなってきている。


 とはいえ、人並みに誰かと幸せになろうとなれば、それはまた別の話だ。彼女たちの好意は有難いと思う一方で、自分などに向けられているのは違うのではないか――そんな風に思っていると、キャンバスの向こうで咳ばらいをする声が聞こえた。

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