14-22:仄明かりの下で 下
「……本当に大丈夫かしら?」
「あぁ。見られている感じはなくなったと思うぞ」
「まぁ、晴子もふざけてはいるけれど、根は真面目だし、多分大丈夫よね……」
グロリアが大丈夫に「多分」をつけたのは、いくらお願いしてもレムが監視してないとは断言できないからだろう。実際、レムがその気になれば、完全迷彩を見抜ける自分ですらその気配を手繰ることは難しいはずだ。彼女にも間違いなく意志の力はあるが、ただ自分の脳を介してこちらの状況を確認しているだけなら、遥か彼方にある海と月の塔から遠隔でこちらの映像を見ているのと同義である――流石にその気配までも感じ取れるほど、自分の勘も確かではない。
ただ、直感から言えば、グロリアの言うように根は真面目だから、レムも旧知同士の会話を覗き見ることは避けてくれるだろう。もちろん、後から自分の思考を覗き見られればそれまでだが――というか、この先もずっと脳を監視されていると思うとあまり気が気じゃない。そんなことを考えている傍らで、グロリアが横顔をこちらに向けながら、視線を僅かにこちらへ向けていることに気づく。
「……その、一万年前のこと、思い出したのよね?」
「あぁ。しかも、俺が本来知らないことまでな」
「どういうこと?」
「あっち側で、べスターの記憶を見せてもらったんだ」
「えっ……べスターの奴、変なことまで教えてないでしょうね!?」
「君の言う変なっていうのが何を指すのか次第だと思うが……別に何か変と思うところは無かったぞ」
「まぁ、べスターがそんなに変なことをするとは……いえ、アイツも大概イイ性格をしていたから、やっぱり安心できないわ」
「はは、そうだな……二課のメンツは、皆素直じゃなかった」
何の気なしに言った言葉だったが、少々マズったなと思った。べスターのことは問題ないだろうが、右京のことを思い出させることを言うのは、グロリアもあまり快く思わないかもしれない。そう思ってキャンバスから視線を離して彼女の方を見ると、しかし彼女は「まったくね」と朗らかに笑っていた。
そこからは、しばらく昔話に花を咲かせた。とは言っても、自分はそこまでマルチタスクに優れるタイプでもないので、絵を描くついでに少しずつ話すという感じではあり、どちらかと言えばグロリアが話すことに相槌を打つ程度の会話ではあったのだが。
しかし、グロリアの方は楽し気に話をしてくれていた。出会った時のこと、共同生活のこと、俺のこと、べスターのこと、晴子のこと――やはり右京の話は意識的に避けられているようではあったが、互いに共通する想い出や、はたまた自分と彼女のどちらかが知らなかったこと――自分の知らないべスターとの想い出などが語られた。
その活き活きと話す横顔は、彼女の魅力を最大限に引き出しているように感じられた。敢えてストレートに表現すれば、グロリアは美人だが、黙っていると少し神経質そうに見えるきらいがある。彼女の生い立ちやその境遇を考えれば致し方のない部分もあるのだろうが、それでも釣りあがった目に引き結ばれた唇を見ていると、ややもすれば話しにくそうな印象を持つ者もいることだろう。
逆に、楽しそうに話す彼女の顔こそ、本当の年相応の――亡くなった時の年齢だろうが、十六歳くらいなはずだ――女の子らしさを引き出しているように思う。その輝きが影ってしまう前に木炭でスケッチを進め、下書きが終わったタイミングでまた彼女の表情は「いつもの」調子に戻った。
彼女がまたアンニュイな表情を浮かべ始めたのは、話が自分が――オリジナルが亡くなった後の話になったからだ。クラークの死後はACOとDAPAの戦いが苛烈になり、グロリアは短い訓練で実践に出たこと、戦いは熾烈であったこと、そしてただでさえ多かったべスターの煙草の本数が余計に増えたことなどが語られた。
ただ、次第にその表情は柔らかくなっていく。自分がいなかった二課、チェンとホークウィンドの話が多くなったタイミングでは、とくに先ほどの柔らかさを取り戻していた。
チェンは一万年前と変わらず胡散臭く、考える作戦は実行が難しいものが多く、しかしよく練られ、彼の言う通りにしていればこそ長く戦えたということ。また、ホークウィンドは寡黙でほとんど会話をしたことはなかったが、確かに彼女を温かく見守ってくれており――とくに行動を共にする時には、彼に何度もその背を護られたことを教えてくれた。
そんな彼女を見ながら、手元の絵に水彩の色を載せていく。仄紅い色と、青白いホロの粒子が織り成す神秘的な光彩に、彼女の柔らかさを乗せて――そしてひとしきり過去の話が終わったタイミングで、グロリアは正面からこちらを見据えた。




