14-20:ソフィアの戸惑い 下
「安心して……なんていうのも変かもしれないけれど、別にアナタの身体を取って食おうなんて思っているわけじゃないわ。それに多分、私達はもはや上手く融合できないと思うの」
「でも、私とグロリアは境遇も性格も近い部分があるから……」
「まぁ、私が適合したいくつかの素体の中で、アナタが最も私と近い性質を持っているのは間違いない。でも、やっぱり別人なの……アナタはソフィア・オーウェル。私はグロリア・アシモフなのよ。
もちろん、混じり合ってしまって、小夜啼鳥として生きていくこともできなくはないかもしれないけれど……でもね、私は誰かさんと同じで嫉妬深くて独占欲が強いから、きっと全てを独り占めにしないと、満足できないと思うの」
グロリアの言葉自体は少々乱暴なきらいはあったが、その声は穏かで、それこそ幼い子供を諭すかのような物言いだった。同時に、それは自分も懸念していた部分であり、断られて安心してしまった部分でもある――やはり独り占めしたい気持ちはあるし、それに混じり合った結果がどうなるかも予測できない以上、自己が喪失してしまう危険性はやはり恐ろしいと思ったから。
しかし、それならどうすればグロリアが幸せになれるだろうか。思考が振出しに戻って困っていると、グロリアは羽根をはばたかせて自分の肩に乗って窓の外を眺め――恐らく自分がそうしていたように、あの人の背中を見つめている――ややあってから「そんなことより」と声を上げる。
「アナタ、以前アランに似顔絵を描いてもらったのよね? どんな気持ちだった?」
「私の記憶は、グロリアに余すところなく共有されているはずだよ」
「それでも、アナタの口から聞きたいの。私が見れるのはあくまでも記憶であって、アナタがその時に感じた気持ちまでは理解できるわけじゃないから」
「そうだね……うん、凄く嬉しかった。アランさんが私のために時間を割いてくれてるっていうのはもちろんだけれど……私のことを真剣な目で見つめて、一生懸命に書いてくれていたあの時間が、愛おしかった……」
長い船旅の道中における、自分にとって大切な思い出。本当はじっと見つめられて恥ずかしかったけれど、綺麗に描いてほしかったから――少しでも可愛らしいと思って欲しかったから――彼が一生懸命に描いてくれるのと同じくらい、自分も一生懸命にすました顔をして。そして、その時間は彼を独り占めして、彼が自分を見つめるのと同じくらい、自分も彼を見つめ返した――そんな幸せな時間だった。
「……でも、ちょっと幼い感じだったのはいただけなかったかな! あの時の私は、今と比べたらそれは幼かったかもしれないけれど……流石にあそこまでじゃなかったと思う!」
「ふふ、そういうところが、きっとアランから見たら幼く見える部分なのよ。泣く子も黙る准将殿も、あの唐変木の前じゃ形無しなんだから」
グロリアはひとしきり笑って後、また窓の外で風景と向き合っている男の背中を見つめはじめた。もしかすると、あの小さく見えるキャンバスの向こうに彼女が――在りし日のグロリア・アシモフが居て、自身を真剣に見つめてもらっている――そんな光景を想像しているのかもしれない。
「……そうだ、グロリアも描いてもらったら?」
思いがけずに自然と出た言葉だったが、我ながら妙案でもあったように思う。先ほど、グロリアは自分を描いてもらう気持ちを知りたいと言った。それなら実際に描いてもらうのが一番早い。
そんな自分の案を聞いて、グロリアは最初驚いたように機械の羽を少しはためかせ、そして直ぐにその長い首を横に振った。
「私? 私は良いわ。描いてもらうって言っても、この機械の体を描いてもらうじゃ味気ないし」
「何言ってるの。ホログラムがあるでしょう? あの姿は、旧世界のアナタの姿を正確にトレースしているってチェンさんから聞いているよ」
「でも……」
彼女はそこで押し黙ってしまう。その思考は相変わらず完全には読み取れないが、この一年間一緒にいた間柄だからこそ、別に正確にトレースできなくても彼女が何を考えているのかは概ね理解できる。
アランは今、自分の作品に向き合っているのだから邪魔したくない、または成長した自分の姿を――しかも失われた自分の姿を――描いてもらうのが気恥ずかしいような、同時に寂しいような、そんな風に思っているに違いない。思考が読めなくても、感情は分かる。グロリアは今、期待と不安の間に揺れているのだ。
だが、期待があるのなら後悔が無いようにするべきだ。それに、絶対にアランはグロリアのことを無下にすることは無い。だって――。
「約束、だったんだよね? いつか、描いてもらうって……一万年も待ったんだから、ワガママを言ったっていいと思うな」
彼女がこちらの記憶を知っているように、自分も彼女の記憶を知っている。そして本来の記憶の主も遠い日に約束をした時の気持ちを思い出したのか、少し戸惑いながらも決意を固めたようだった。




