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14-19:ソフィアの戸惑い 中

 アランを大切に想う気持ちと、グロリアを大切に想う気持ちとが葛藤を起こし、そこに加えて彼女の思考が共有されない部分が出てきている。その結果として、自分の情緒が乱されるのだった。


 本当は、今すぐ彼の元に行ってたくさん話をしたい。いいや、むしろ話なんかしなくてもいい。ただ隣に座って、真剣にキャンバスに向かうあの人の横顔を間近で眺められるだけでも満足だ。しかし同時に、今自分の胸に渦巻いている混乱にキチンと折り合いをつけないと、なんだかわだかまりが残りそうな気がする。そんな思いから、ひとまずグロリアが眠っている間は絵に向かうアランと距離を取り、別荘の窓からその背中を見つめているのだった。


 しばらくあの人の背中を眺めながら悩んだ挙句、ある一つの解答を閃いた。それは自分にとってベストかは分からないが、よりベターな解答ではあるように思う――その結果に対する不安もあるが、彼女とならそんなに悪い結果にならないはずだ。


 そして丁度思考がまとまったタイミングで、もう一つの思考領域が覚醒し、同時に机の上で丸くなっていた機械の鳥がすっくと背筋を伸ばした。別荘の二階には今は自分しかいない――エルとシルバーバーグは階下におり、その他のメンバーは散歩へと出かけている。色々と話すには丁度いいタイミングと言えるだろう。

 

「あら、偉いじゃない。アランの邪魔をせずにいるだなんて……てっきり、今頃べったりくっついているものかと思っていたのだけれど」


 そう言いながら、グロリアは窓際で椅子に掛けているこちらに視線を向けてきた。先ほど考えていたことは、ある程度は彼女も認識していると思うのだが、多分キチンと自分の口から伝えるべきだろう。


「あのね、グロリア……考えたんだけれど……私たち、心を一つにして……混ざりあってしまうのはどうだろうって」


 このアイディアは、自分なりに悩んで出した答えだ。そもそも、自分は最初は彼女を受け入れるつもりで――人格が混ざりあってしまって構わないという覚悟を持って――彼女の左腕を縫合した。たまたま自分が作っていた仮想の思考領域に彼女が収まっただけであり、各々の人格を保持できたのはまったくの偶然だったのだから。


 クラウとティアというような前例だってある。もちろん、彼女の二つの人格は、最初からクラウディア・アリギエーリという器に宿った一つの魂が分けられていた形であり、自分とグロリアの関係性とは勝手が異なるのは分かっている。それでも、二つの人格が混じり合うことで、昇華される魂だってあるかもしれない。


 自己が他者と混じり合い、ソフィア・オーウェルというアイデンティティが崩壊してしまうことの恐怖は全くないと言えば嘘になる。それは全く知らない誰かと混じり合うとか、はたまた気の許せない相手と混じり合うならば、いっそ死んでしまった方がマシとも言えるかもしれない。しかし、自分はグロリアのことを信頼している。そもそもこの一年は互いに思考が筒抜けであり、本来精神が持つべき思考のプライバシーだって皆無だったのだから今更だ。


 何より、どの道グロリアは、ずっと自分の左腕として脳の同居人として隣に居るか、自分と混じり合ってしまうか、どちらかしかない。彼女がこの身から独立するという選択肢として、彼女の左腕のDNAから彼女が宿れる器を培養するという手段もなくはないと思うのだが、たぶん彼女はそれに反対するだろうし、自分としても抵抗があった。失ったはずの器を培養するのは――これを言い出したらレムはその禁忌を侵したことになるのだが――本来は器の消失と共に原初へと還るべきという、不可逆的な生物のルールに反する。これを肯定してしまうことは、自分が一度否定した魔術神アルジャーノンのやり方を、自分の勝手で肯定してしまう結果になってしまう。


 そうなれば、彼女の行き場所は、ここしかない――そんな風に考えていると、何故だか脳裏に妙な違和感が走った。グロリアから不吉な気配を感じるとかではないし、自分が負の感情を持った訳でもない。ただ、何かを忘れてしまっているような、そんな違和感があり――機械の鳥が大きくため息を吐いたその声で、ふと我に返った。


「ふぅ……アナタの気持ち、分からないでもないわ」

「それじゃあ……?」

「残念ながら、お断りよ」


 機械の鳥はそう言いながらゆっくりと首を振った。自分としては一大決心をしたつもりだったのに、素気無く断れてしまったことにはやはりショックを――同時に少しの安心感を――覚える。

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