3-14:昼間の模擬戦 アランとテレサの場合 下
「……ご、ごめんなさいアランさん! やられると思って、力を入れすぎてしまいました……大丈夫ですか?」
テレサもしゃがみ込んで、こちらの顔を覗き込んでくる。一応下に楔帷子は着ているのだが、模造刀の一撃は斬撃というより打撃だ。余り防御効果は無かったように思う――これは骨にヒビでも入っているかもしれない。
とはいえ、耐えられないほどの痛みではない。右手を上げてなんとか強がって見せることにする。
「いやぁ、大丈夫大丈夫……手合わせありがとう、テレサ」
「いえいえ……でも、アランさん、途中から別人みたいでした。実力、隠してたんですか?」
隠していたも何も、自分でもあそこまで動けるとは思えなかったというのが正解なのだが。
「彼、記憶喪失だからね……出来ないと思っていることも、ふとした瞬間にスイッチが入って、体が思い出すんでしょう」
どう説明しようかと思っているうちに、エルが近づいてきて代弁してくれた。エルはテレサと同様にしゃがみ込んで、自分が右手で抑えている左肩を見つめる。
「テレサ、クラウかアガタを呼んできて。一応、回復魔法を掛けてもらいましょう」
「は、はい、そうですね! 私、呼んできます!」
テレサは立ち上がり、兵舎の方へと向かっていった。そして、エルはしゃがみ込んだまま周囲を確認し――近くに人がいないのを確認していてから口を開いた。
「……アナタがきた世界、物騒な所だったのかしら?」
「いいや、この世界よりは余程平和なはずなんだがな……」
「そう、それでもアナタは、きっと前世でも戦いに身を置いていたのでしょうね……そうでなければ、あそこまでテレサを追い詰められないでしょうから」
そう言われても、あまりピンとは来なかった。しかし、エルの意見はもっともで、それなら以前からできていた投擲のスキルがあることや、先ほど体が動いたのも頷けるだろう。
自分は前世では軍人か何かだったのか――いや、軍人だと火器を使う印象だし、何より索敵があまり出来なさそうだ。それなら、もしかするとスパイか何かだったのかもしれない。
スパイか、スパイ、なかなか格好いいではないか――しかし、やはりそれもピンとこなかった。朧げに思い出せるのは、車が走る景色、コンクリートジャングル、そんなものばかり。自分は本当に小市民だった、という方がなんとなく頷ける。
「……ねぇ、アナタ。もしかしてなんだけど。体に違和感があるんじゃない?」
考え込んでいたらしく、声が聞こえてハッとした。エルの方を見ると、口元に手をあてて何やら考え込んでいるようだった。
「うん? そりゃ、肩は痛いが……」
「そうじゃないわ。何というか、上手く説明できないのだけれど……傍から見ていて、動きにくそうにしている時があるのよ。なんというか、思っているほど体が動かない、そんな風に思う事、あるんじゃないかと思って」
そうは言われても、毎度戦闘の際など必死で、何を考えていたのか、また何があったのか事細かに覚えているわけでもないのだが――だが、言われてみれば確かに――。
「……そうだなぁ、予想していたより体が速く動かない、なんてことは何回かあった気もする」
「そう……アナタの体、前世を模しているだけで、完全に一致しているわけじゃないのよね。そのせいかしら?」
「そうかもしれないな」
しかし、もしエルの仮説が正しいとするなら、魔族とかいう人間の地力を遥かに上回る生物と互角以上にやり合えるテレサと、自分はいい勝負ができる程度に前世は強かったことになる。なんとなく平和な情景しか思い浮かばない自分にとって、その事実は更なる違和感を覚えさせた。
そう言えば、テレサは最後に力を入れすぎたと言っていたが、どの程度まで本気だったのだろうか。それ次第では、前世の強さの指標になるかもしれない。
「ちなみに、テレサはアレ、最後本気だったか?」
「まさか。七割って所じゃないかしら……でも、アタッカーでもないアナタがそこまで引き出せたのなら十二分よ」
なるほど、あそこまで肉薄して七割か。そして残り三割の壁はかなり厚いのだろう。なにせ、七割で相手の攻撃に対処できなくなっているのだから。そう思えば改めて、勇者のお供の凄さ、それにそれと同等以上だったエルの実力が凄いものだと再認識できたが、同時に女の子に腕力で叶わない事実にちょっとだけへこんでしまったのもまた事実だった。
その後、テレサが連れてきたのはクラウだった。兵舎の階段を昇ろうとするときに、ちょうどすれ違ったらしい。回復魔法のついでに、お決まりの「まったくアラン君なんですから」もいただいて、その場は解散となった。




