14-15:ダニエル・ゴードンとその軌跡 下
そんな彼が魔術に傾倒したというのは、そういった様々な因果による帰結だった。とくにクラーク亡き後は早々にその哲学の呪縛から逃れ、神に復讐するべく、圧倒的な頭脳でもって真理を追究した――そして誕生したのが、魔術神アルジャーノンだった。
ダニエル・ゴードンに関しては、生い立ちとそこまでの略歴がほとんどだったと言っていい。人格的な部分は旧世界において完成されており、同時に彼は目的も一貫していて、それ以上言及することは少なかったからだ。強いてを言えば、ゴードンはいち早く脳と肉体とを切り離し、他の者が星間飛行で冷凍睡眠で眠っている期間内も多くの時間を魔術の研究に捧げていたこと、またその長い孤独の中で話し方が――旧世界におけるゴードンは尊大な話し方をしていたが――独特な口調に変わったこと。そして――。
『……最後に、彼が惑星レムに辿り着いて後に見せた特異な点としては、第六世代型アンドロイドに対して一定の興味を示していた、という点です。彼の性格からしてみれば、被造物である第六世代は興味の対象になりにくいと思われていたのですが……彼はローザとアシモフに次いで、彼らの進歩に協力的だったのです。
それは、単純に一人では思考の袋小路に行き付き、魔術の新たな可能性を探るために他の知能を求めていたという部分が大きいとは思っていたのですが……今にして思えば、彼は自らの境遇を、第六世代に重ねていた部分があるのかもしれませんね』
人為的に作られた子供たち――ある意味ではアシモフという親のエゴで産み落とされたその子供たちに対して、自分を重ねてみていたということだろうか。彼自身が親を超えていくという決意を持っているのと同様に、レムリアの民たちの中に可能性を見出そうとしていた部分はあるのかもしれない。
とはいえ、彼のレムリアの民に向けるその関心は、かなり歪なものだったと言ってもいいだろう。合理的を通り越してサイコパス的な気質があったように――ゴードンからしてみれば凡人の下す評価などくだらないの一言だろうが――思うし、事実として彼が求めたのはレムリアの民たちの中にある可能性であり、決して愛情を持って接していたとは言い難い。どちらかと言えば自身の願望を達するため、予想外の才能が出てこないかと期待していた、程度のことではあるだろう。
それでも、学院を設立し、一部の才能のある第六世代型アンドロイドの進歩をサポートしてきたという点では、ある意味では彼が最もレムリアの民に貢献したと言っても良いのかもしれない。
「……やっぱり人間ってのは一筋縄じゃいかないな」
人間というやつはそれぞれに事情がある。歪んでしまったのなら、歪んでしまったなりの理由はあるのだ。こうなることも予測できていたはずだが――話を聞かない方が「世界を手中に収めようとする悪い奴らを成敗する」という思考の元、シンプルに戦うこともできたかもしれない。
それでも、自分がこれから倒すべき相手のことを知りたいと言ったのは、これから倒すべきものの本質を理解しておきたかったから。改めて事情を共有され、しみじみとしてしまったのは確かではあるが――それでも結局、ローザ・オールディスやダニエル・ゴードンが積み重ねてきた罪が消える訳でもない。
それなら、迷うことは無い。今まで通り、いつも通りにやるだけだ。人殺しの自分が何かを裁定するなどおこがましい、等と言うことは何度も考えてきた。ただ、それが今、必要だからやるだけ。強いて言えば人を殺してことを収めようとしている乱暴な自分が、こんな風に平然と絵を描いているというのが傲慢なような後ろめたさを覚えるのも確かだが。
だが、ここで絵を描くのを止めても何も変わらない。それならいっそ徹底的にだ。秋の日が落ちるのは早く、明るいうちにもう少し進めてしまいたい――既に日も陰りが見え始めており、しかし真昼の明るい色彩をキャンバスに閉じ込めたく、数時間前の光景を今の景色と照らし合わせながら紙に絵具を塗り進めていく。
右京の話もしたかったが、アイツのことは後日でもいいだろう。レムは自分が集中し始めたのを察して静かにしてくれているようであり――彼女もやるべきことがあるから、そちらに集中し始めたのかもしれない――しばらくキャンバスの上を塗り進め、世界が黄金色に染まり始めるのに合わせて筆を置き、しばらく前からソフィアに代わってこちらを見ていた男の気配に対して、振り向かずに絵の進捗を確認しながら声をかけることにした。




