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14-14:ダニエル・ゴードンとその軌跡 中

 結局、その内容は脳に直接施術を行うことで知能指数の増加を図るというものであり、その目的は高度に暗号化されているモノリスの解析グループを作成するというものだった。モノリスのその複雑さは最高の知能が集まるDAPAの総力と、当時最新鋭のAIを用いてすら遅々として進まなかった。それを解消するため、禁断の実験を行うことで高度な知能を持つ人間を作り出し、一足飛びに解読を進めようとしたのだ。


 もちろん人道的な観点からは反対の意見が出ることは目に見えているので、パラソルは自己決定権を持たないような知的障がい者を集い、社会から隔絶することでその存在を隠ぺいした。


 パラソルは動物での実験は完了させていたようだが、実際に人間に当てはめて成功したケースは多くなかったようだ。施術を受けた場合は悪ければ脳死、生き残った者の中には多少知能を改善する者がいる一方で、一年ほどで施術前より知能を落す者もいる始末であり、求めたような人材は出てこなかったようだ――ただ一人、ダニエル・ゴードンを除いては。


 施術を成功させたダニエル・ゴードンは、そのIQを飛躍的に向上させた。当時で三十歳近かったようだが、一挙に専門的な内容を学習し、半年後には大学博士課程を終了できるほどに一気に知能をその脳に詰め込んだ。モノリスの解読のために彼が学ばされたのは、主に数学、幾何学、言語学、また暗号の配列が量子的なモノリスの特性を加味して物理学や統計学、工学だった。彼の知識欲はそれだけに留まらず、プライベートで学んだ分野は宇宙科学や医学、心理学、社会学、果ては史学や形而上学まで多岐に渡り――実際、彼一人居ればDAPAの全ての研究が進められると言われるほどだった様だ。


 そしてゴードンを中心とした解析チームが結成されたおかげで、月のモノリスに刻まれたメッセージを解読するに至り、その後は母なる大地のモノリスと最後のモノリスとが立て続けに発見された。その解読が一通り済んだ後は、彼はかぶりつく様に魔術の研究に没頭したようだ。


『ゴードンはその功績を認められ、人体実験が行われたことやモノリスの解析結果などの守秘義務を守ることを前提に自由が与えられました。しかし、彼は結局は研究室にこもることを選びました。

 人体実験が行われたことを口外しないということは、ひとえに家族に会うことを許されないということ……とはいえ、彼は母のことを……唯一の肉親のことを恨んでいた節があります。自分が虐げられていたことを十分に理解できる知能を持った彼は、障がいを持っていると分かって自分を産んだことに納得がいかなかったのです。

 それだけでなく、母は結局自分を売り、それなりの金額を手に入れた……そう言ったところからも納得がいかなかったようです』


 それを聞いてなんとなくだが、ゴードンの母には別に悪気は無かったのではないかとも思った。その証拠に、少なくともゴードンの母は彼を成人まで育て上げ、共に暮らしていたのだから。ただ、自身の下にいても幸せにならない息子が少しでも救われる道に賭けた――もちろん人体実験に我が子を託したというのは人道的ではないように思うが、恐らく母親自身も高齢であって、どうすることもできなかったのだろう。


 ただ、善意であれ本当に金儲けのためであったのであれ、その真意がどちらであったとしても、自分がゴードンの立場だとしたら納得がいかないというのも理解はできる。本心はなんであれ、母が自分を売って金を得たという事実は揺るぎないのだから。


『……帰る場所がなくなった彼は研究室の中や外において、一度は交友を広げようと努めました。同時に、恋人を作ろうと努力もしたようですが……全て徒労に終わりました。

 彼は知能を発達させすぎたが故に、同性の友人においても、異性の恋人においても、対等な関係を築くことができなくなっていたのです。強いてを言えば、右京とは幾許か信頼関係を構築できたというのは不思議な感じはしますが……』

「いいや、多分ゴードンと右京とで共通するところがあったんだ。それで、幾分か意気投合したんだろうさ」

『……それは?』

「世界なんてクソくらえ、だ」


 ダニエル・ゴードンは、この世に自分を産み落とした母を恨んだ。それは、この世界が過酷であると知って――いや、ダニエルにとって過酷なものになるが必定と知って、それでも産むことを選択した事に対する恨みだったに違いない。


 もちろん、世界が誰に対しても優しいものであるのならば問題なかったであろう。しかし、現実はそう甘くはない。人間という生き物は残酷で、弱者を見れば虐げられずにはいられない。また、社会構造も全ての人が平等に――先ほどローザ・オールディスの下りで平等は不可能だと議論したばかりだが――生きられるだけのシステムを提供できていなかったのも問題だろう。過度な出生率の低下、それに政府の失墜により社会保障など、どの国でも脆弱極まりない物と化していたのだから。


 同時に、彼は施術により社会的な強者を飛び越えて、世界の特異点とも言えるほどの力を得てしまった。つまり、彼は施術の前でも後でも孤独であった。人も社会も碌でもないものと知ったダニエル・ゴードンが、世界なんてクソッタレという結論に到ったことは至極当然だろう。そして、そんな世界を創り出した高次元存在が――親のエゴが許せなかった。手前勝手な理由で世界に自分を生み出した上位存在と、彼の母とが被って見えた部分があったのかもしれない。

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