14-12:旧世界のローザ・オールディスについて 下
「……しかし、なんでローザは人々の平等を求めたんだ?」
『私も気になって聞いたことはあるんです。そしてそれは、嘘でもないと思うのですが……彼女曰く、今のように権利の対立構造が激しいままでは人心の中に軋轢しか生まれず、真の平等は達せられないから、と』
「そいつは立派な建前だがな。俺が知りたいのはローザの動機だ」
たとえば、旧世界の自分がそうであったように――お題目としては「世界征服を企む悪の企業の偉い奴らを倒すことで世界平和を目指していた」と言えなくもない。ただ、その動機としては非情に単純で、晴子の医療費を稼ぐために偉い奴らの言うことを聞いていただけだ。人の行動には、建前と本心とがある。自分が知りたいのは、ローザ・オールディスのそういった本質的な部分だ。
『アナタの言いたいことは分かっています、アランさん。彼女の本心の部分は……これは私見になりますが……恐らく、本質的な部分は彼女が否定した感情的な部分であったと思うんです。
彼女の理想論は、彼女自身が世界を見て育んだ欲求というよりも、将来より生真面目だった性格と教育に寄る所が大きい……彼女は厳格な家庭に育ち、その期待に応えるように勉学に励み、社会とはかくあるべきという理想を徹底的に教育されていたようですから。
つまり、彼女が平等を求めたのは、彼女自身の真なる欲求というよりも、世界はそうであることが正しいという洗脳に寄る所が大きい……』
「つまり、平等を求めたのはローザ自身の願いでも欲求でもなく、親の意向だったということか?」
『いいえ。どちらかと言えば、歪んだ形で彼女のものになった、というのが正解だと思います。彼女は優秀な人ではありましたが、同時にコンプレックスの深い人でもありました……社会的には地位ある家庭で生まれ育ち、博士課程を優秀な成績で修め、アルファ社で活躍できるほどの優秀な頭脳を持つ一方で、生来の真面目過ぎる気質により……それは時に融通の効かない人と見られる部分もありました……対人関係、交友関係はもちろん、異性関係に関しては上手くいかないことが多かったようです。
彼女はその満たされない承認欲求を、人類の平等という夢に掛けていた部分があるように思うんです。全ての人が平等になれば、優劣が無くなれば、自分がそのコンプレックスに悩むことは無くなると……ただ、彼女自身、その自分の本心には気付いていなかったんだと思います』
「なるほど……」
『……実際に、この星で第六世代型アンドロイドを管理するにあたって、初期の彼女はある意味ではアシモフよりもレムリアの民に同情的でした。生体チップで思考をコントロールせずとも、肉の器にあるものはその生来持つ善性により、協調して平等な社会を築けるのではないかと言っていました。
同時に、彼女は旧世界で成功しなかった社会心理学の実験の場として、宗教により人々の平等を成し遂げようとしたのです。
ゴードンはローザの意見を理想論だと否定していましたが、同時に生体チップで何億ものアンドロイドを一斉にコントロールすることも難しいですし……何より、洗脳でコントロールしてしまえば、レムリアの民が高次元存在より知的生命体として認識されない恐れがある。
そのため、ローザの意見如何に関わらず宗教を通じて人々の行動規範をコントロールしようとしていたのであり、自ら進んで立候補してくれたローザに文句を言うものは居ませんでした。彼女が七柱の創造神として特別な役割を得たのは、彼女が月の管理と人心の掌握という面倒ごとを一挙に受け持ってくれたからに他なりません。
そして、それは最初の百年程度は上手くいっていたのですが……彼女が器を新しくするたびに、次第に彼女は肉の欲に溺れるようになっていきます。恐らく、気付いてしまったのでしょうね……人の平等という理想社会の実現などしなくても、自らの承認欲求は満たされてしまうということに。
先日、クラウディアが言っていたのです。彼女はモノリスのもたらした超科学の犠牲者であると……実際の所、私もその通りだと思います』
絶対的な権力は絶対に腐敗する、という言葉を聞いたことがある。もしローザの寿命が元来通りに百年に満たないものであれば、怪物は生まれなかったに違いない。もし彼女の元来の願いが偽善的な物であったとしても、それが誰かのためになっているのなら、同時に誰かを傷つけるものでなかったのなら、それは社会通念上では善と言えるはずだからだ。
しかし、彼女は禁断の果実を口にしてしまった。何度も美しく生まれ変わり、絶対的な力を振るって弱者を蹂躙し、肉の欲求に溺れる――その甘美な味を一度覚えてしまえば、もはや戻ることもできなかったのだろう。
彼女が誤った道を進み続けるというのなら――善悪を人殺しの自分が規定するなどというのも間違えているかもしれないが――もはや彼女と語るべきことも無いだろう。自分が月において彼女と対峙するかまでは今のところは不明だが、出会ったら女神ルーナという怪物を止めることに躊躇はない。
目を閉じると、瞼の裏に腐ってしまった果実がいつまでも木にしがみついている様子が映し出される。それはいつまでも木から養分を吸い取り、腐りかけたままじゅくじゅくとその身を肥大化させ続け――心の内で枝に向かって短剣を投げ、その欲にまみれた巨大な果実が落下するのに合わせて瞼を開くと、相も変わらず美しい山々が視界へと飛び込んできたのだった。




