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14-9:あの景色を再び 下

 ともかく、出会った当初は復讐に燃え、必ず仇を討つと言っていたエルが平手打ちで終わらせてくれたことは良かったとも思っている。それはどちらかと言えば、彼女に自分の意志で人を殺めるという業を背負って欲しくなかったという自分の我儘からだ。


 大局的に見れば戦争によって魔族の命を奪っていた訳だし、一歩引いてみれば第六世代型同士での殺し合いではあったものの、それに関しては以前べスターが自分に対して言ってくれたように「戦争において人を殺すのは偉い者の意志」というのが当てはまらなくもない。対して、復讐という名の私刑は、自らの意志による殺人だ。何かを奪われた怒りを否定はできないし、また部外者がそれを止める権利などないとも思っているが、自らの意志で人を殺せば相応の業を背負うことにはなる。


 そしてそれは、ある意味では自分だからこそ言える部分でもあるとは思う。アラン・スミスは自らの意志で人を殺していた。もちろん、彼女は身内を殺された仇をとろうとしていたのに対し、自分は見ず知らずの者を手にかけていたのだから、より性質が悪い――。


「……また難しいことを考えているわね。顔に出ているわよ? 普段は馬鹿みたいに短絡的な癖に、妙にナイーブな所があるんだから」


 声に現実に引き戻されると、エルは呆れたような表情でこちらを見つめていた。


「あぁ、すまないな……でも、俺としては君がした決断は良かったと思っているよ」


 こちらの言葉に対して笑って立ち上がり、スカートについた埃を払いながら――珍しくロングスカートだが、彼女が元来持つ上品さには似合っている――小屋の方へと振り返った。


「少し、シルバーバーグと話をしてくるわ……良かったら後で絵も教えて頂戴ね」

「あぁ……約束だもんな、任せてくれ」


 エルは一度振り向き、また大人びた笑顔をこちらへ向けて小屋へと戻っていった。


 さて、ともかく絵をやらねば。残されている時間は多くはない。別段焦っているわけではないものの、もしかしたらこれが自分にとって最後のチャンスになるかもしれないから――後悔の無いようにやれることはやっておきたい。


 ひとまず、構図は以前水彩で描いた時と同じにすると決めた。景色をしっかりと観察し、木炭で下書きを進める。光の加減や風の音色、聞こえてくる喉かな鳥の声までキャンバスに封じ込められるように――それこそ自分が絵を選んだ理由であるし、筆を取ろうと思ったきっかけでもある。


『相変わらず上手ですけれど、もう少しオリジナリティを出したほうが良いんじゃないですか?』


 下書きが終わったタイミングで、脳内にそんな声が響き渡る。彼女こそ自分の絵の第一のフォロワーでもあり、同時に痛烈な批判の第一人者でもある。彼女の意見も参考にするべきなのだろうが、自分としては既に方針は決めてあった。


「言わんとすることは分かるんだがな……ひとまず今までの集大成として、思うがままに描いてみたいんだよ」

『まぁ、そのお気持ちは分からなくもないですが……少し悩んでたんじゃないですか』


 彼女の言う通り、いざ色を塗り始めようと思った時に筆が止まってしまっていたのは確かだ。人々曰く、自分の絵は上手くはあるが、それだけ――そこに何かが籠っていないという意見は度々聞いていたし、実際それが脳裏にあって、このままでいいのかという不安に繋がったことはいなめない。


 ただ、自分がここに来て筆を取りたかったのは、全てを思い出した今でこそ、この星の景色を思うがままに描きたかったからだ。べスターと共に見た過去の残滓――サイボーグの体を言い訳にして逃げ続けた自己表現を、今でこそ一つ形にしてみたい。


 それに、これが最後のチャンスになるかもしれない。わざわざ死にに行くつもりがある訳でもないが、それでもこの先に過酷な戦いが待ち受けていることには変わりない。だから、自分の全てとして、一つ作品を残しておきたい。そんな我儘があってここに来たのだ。そうなれば後悔の無いように、自分のもてる技術の粋として、一つの作品を描き上げたいという気持ちがある。


 とはいえ、少々肩に力が入っているせいか、なかなかどう塗っていくかが決まらず悩んでいるのが現状だった。


「……集中できるようになるまで、ちょっとなんか喋っててくれないか?」

『私の声を作業BGM代わりにしようってことですか? それなら、集中力を高める音楽を流すこともできますが』

「それも悪くなさそうだが……そうだな、色々と聞きたかったことがあるんだ」


 そこまで言うと、レムは少しだけ間を開けてから『分かりました』と返事をした。彼女はこちらの思考が読めるので、自分が何を知りたいのかは筒抜けな訳なのだが――少し間があったのは、自分が聞こうと思ったことに戸惑いを覚えたからだろう。


 とはいえ、彼女しか知りえないことがある。それは、何故七柱の創造神たちは高次元存在に手を伸ばしたのか――ハインラインやキーツは接点があるから人となりは分かっており、ある程度の推測もできるが、自分としてはローザ・オールディスやダニエル・ゴードンについてはその仔細を知らない。


 わざわざ暗殺のターゲットのことを聞こうというのも酔狂なのだろうが――それでも、彼らの一万年の物語については知っておくべきであると、なんとなくだがそう思ったのだ。何より、自分やべスターも知りえなかったアイツのことについても聞いておきたい――そんなこちらの気持ちまで察してか、レムはつらつらと物語を話し始めたのだった。

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