13-81:灼熱と冬寂 中
「力を合わせろ、アルフレッド・セオメイル!」
「……あぁ!」
T3は奥歯を噛み、音のない世界で精霊魔法の詠唱をしながら弓を引き絞る。エネルギーを貯め、最大出力で放たれる波動砲は螺旋を描きながら突き進んでいき、巨人より放たれた流水を押し戻しながら進んでいく。
それに合わせ、ブラッドベリが正面でエネルギー衝撃波を練り上げ、自身の前に巨大な球体を生成する。それは、魔王ブラッドベリが七柱の創造神を相手に作り上げた奥の手であり、セブンスのラグナロクに打ち破られた一撃でもある――しかし先日と違うのは、彼は自らの信念でここに立ち、そして何かを護るためにその拳を握っているという点である。
「穿て、無双なる一撃……邪槍ウロボロス!」
振り抜かれた巨漢の拳が衝撃波の渦を叩き、そのまま漆黒のエネルギーが放射される。槍とはいっても、その巨大さは放たれた流水を呑み込むほどであり――そして強烈なエネルギーがT3の放った一撃と重なり、押し寄せてきた巨大な流体を完全に押し返し、そのまま猛烈な一撃が巨人の胸に突き刺さった。
男たちの渾身の一撃により、成層圏にも及ぶほどの巨人の体がぐらつき、その暴走に一瞬の隙ができる。そしてその隙を剣士は待っていた――精神を統一させ、剣に力を込めていた銀髪の少女が目を見開き、歯を食いしばりながら大きく足を踏み出した。
「いくよ、ラグナロク! 御舟流奥義、昇り彗星縦一文字!」
セブンスが逆袈裟に剣を振り上げると、全てを両断する金色の剣閃が放たれる。その斬撃は巨人の中央を走り、そしてその巨躯の厚みをものともせずに突き進み、巨人の身体は腹から頭部にかけて両断された。
生物的な機構をもたない光の巨人にとってそれは致命傷にはならず、分かたれた上半身は戻ろうと蠢き、腹から徐々に縫合されているが――両断された裂け目には、黄金色の結晶が浮かぶように鎮座している。それは、人の心臓を思わせるような形をしており、細い管が巨人の身体の至る所に繋がっている。アレが光の巨人を形成している核であるというのは、この場に居合わせている者たちにはまた直感的に理解できた。
『ねぇ、ソフィア……希望ってあるのかもしれないわね』
『……そうだね』
空を駆ける小夜啼鳥は、光の巨人を圧倒する仲間たちの強さを眺めていた。この世界に希望なんか無いと思っていた――仲間を、大切な人を失って、この世界でやるべきことは、ただ復讐を果たすことだけだと思っていた、
しかし、終わり行く世界で徐々に仲間が再び集結し、愛する人も帰って来て、今では頂上的な存在すら圧倒するほどの力を示せている――そうなるとグロリアの言うよう、この世界には希望は確かにある。一度は絶望の淵に沈んだソフィア・オーウェルの胸にも、滾る何かが熱く燃え上がっていた。
『さてと……海水を吸い込んでいるアレを相手にするのなら、炎よりは冷気の方が良いでしょう。飛行のコントロールは私に任せて、アナタは魔術の演算に専念しなさい』
『全弾打ち込むつもりでいく!』
超音速で空を駆け巡りながらソフィアは己の持てる最大の魔術を編む――それは彼女が既に齢十一の時には創り出していた魔術であり、この四年間で少しずつ改良を重ねてきたものだ。
そして、今は頼れる同居人がいる。相手からの攻撃はグロリアが避け、防ぎ、適切な位置へと移動してくれる。ソフィアはその思考の全てを魔術を編むことに専念し、高速で移動を続けながら演算を続け、自らの周囲を回る魔法陣と共に巨人の身に接近した。
『シルヴァリオン・ゼロ・アサルト!』
絶対零度の光線が陣から照射され、伸ばされた生きる海からなる巨人の身を凍らせていく。しかし、ただ一発では終わらない――ソフィア・オーウェルは魔術杖を再装填し、その身を移動させながら最大の魔術を連射していく。
そして魔術弾を打ち切る時には、前面へと突き出されていた巨人の左腕はすっかりと凍り付いていた。まだ右腕すら回復しきらない光の巨人は両腕を封じられ、その巨体を大きくのけぞらせた。
「アランさん!」
「アラン、今よ!」
「あぁ、任せろ!」
小夜啼鳥の声に応えるように――距離が離れて本当に声が聞こえた訳でないが、彼は少女たちの意志の力を感じた――アラン・スミスはベルトのバックルを弾き、奥歯を噛んで音速の壁を突破した。同時に変身して鎧を纏う。そしてソフィアが創り出した道に――巨人の左腕へと飛び乗り、その肩を目掛けて全速力で駆けあがっていく。
彼が通ったその道は熱く燃え上がり――月から俯瞰的に戦局の全容を見ている少年の目には、長い氷の道を赤い流線が一気に駆け抜けているように映った。虎が駆けた跡には氷が一気に蒸発し、水蒸気が巻き上がっている。
そしてたったの数秒で虎は巨人の肩まで駆けあがると、そこから更に上へと向けて跳躍した。その先には、ソフィアと同時に飛び出したクラウディア・アリギエーリが両手を組み、八重の結界を編みながら、跳んでくる虎を待ち構えていた。
「クラウディア!」
「行きますよ、アラン君……せーの!」
虎は少女が叩きつける手の先に展開されている結界を蹴るのに合わせてもう一度奥歯を噛み――彼女の紡ぎ出す結界なら、全力で蹴っても問題ないことを知っている虎は、それを全力で蹴り、凄まじい速度で落下を始める。
『何度だって見せつけてやるぜ……人間の魂の強さを!』
男はベルトのボタンを二回押し、目の前に現れたゲートを二つくぐり、男は灼熱の神速となって宙で翻り、剥き出しになった巨人の核を目掛けて右足を突き出した。
『食らいやがれ、上位存在! ブレイジングタイガァアアアアアア!』
加速した精神と時の中で原初の虎は強く叫び、核をすり抜け――足裏には蹴り飛ばした感覚こそなかったものの、確かな手ごたえを感じ――後は無敵艦隊を倒したときと同様、アランは凄まじい勢いで海面へと落下し、そのまま大きな水柱を立てた。
核に強力な一撃をもらった光の巨人は、その身体を構成していた金色の粒子を霧散させていく。物理的なダメージによって消滅しているわけではなく、彼らの見せた魂の強さにより、高次元存在がこの星にいる者たちにはまだ進化の兆しがあることを認めたからだ。それ故に海に囚われていた魂たちが解放されているのだ――この一部始終を見ていた星右京はそのように考えた。
そして、少年にとって本番はここからだった。星右京にとっては、第六世代たちの魂がどうなろうと知ったことではない――ただ彼は宇宙に沈黙を降ろす手段として、作られた魂たちを管理し、このようなディストピアを演じていたにすぎない。彼の目的は、ただ一点、次元の壁を超える境界線へと到ること。光の巨人の核の更に中心にはその境界が確かに存在し、実際にアラン・スミスが抜けていったある一点に、JaUNTをする時に見えるような小さな次元の断裂があることを彼は見逃さなかった。
その断裂の先はどこへもつながっていない――いや、恐らく人の規格では認識できないだけだ。その亀裂は縦一メートル、横数十センチという隙間であり、人は通ることはできない――況や三次元の檻にある者があの空間に入ったとしても、多次元という重みに肉の器も魂も耐えきることはできないだろう。
しかし、星右京の目的はその亀裂を通り抜けることではない。もっとも彼らしいやり方で、その細い隙間から多次元宇宙に対して干渉する手段を講じる。その今にも閉じてしまいそうな隙間、その僅かな一転に少年は照準を合わせた。
「これで仕上げだ……コード、冬の静寂【ウィンター・ミュート】」
少年がコンソールのボタンを押すと、人口の月から光が照射された。それは複雑な色彩の光となり、複数のリフレクターに反射され、そして寸分の狂いもなく巨人の核から生じた次元の歪みを呑み込むように発射された光が海へと降り注いだのだった。




