13-80:灼熱と冬寂 上
光の巨人を再び顕在化させることには成功し、少年は本懐を遂げるのに必要な準備を進めていた。その傍ら、映像で巨人を確認することも怠らない――先ほど自分が落とした宝珠のコピーを用いて八人が心を束ね、光の巨人に向かって果敢にも戦いに挑み始めたようだ。
どれほど力強い光をその身に纏おうとも、見た目としては巨人の大きさに対して彼らを乗せているノーチラス号は、まさしく大海を揺蕩う一個の点のようにしか見えない。しかし、その様相は、一年前とは全く違う。以前はまさしく世界の終わりという雰囲気の中で、ただアラン・スミスのみが心を挫かず、その身を挺す事で人々の魂を護った――それに勝るとも劣らない覚悟があれだけ集まっているのなら、その力は以前と比較のしようもない程に強力だろう。
つまり、少年には確信があったのだ。光の巨人は、彼ら八人に必ず倒される――あとはそれが数分後なのか、激闘が何時間も続くのか、はたまた一瞬なのか、それだけの差なのである。
同時に、その勝敗は少年にとってはどちらに転がっても構わなかった。ただ、より可能性を上げるのなら、その隙は一瞬だろう――そのタイミングに間に合うようにコードを作り、同時に月からの一撃を確実に当てられるように照準を絞っておく必要がある。そのため、強いてを言えばあまりに一瞬で勝負がついてしまっては少年にとって好ましいことでなかった。
そのため、彼は月から光の巨人に命令を降し――未だ完全なコントロール下にはおけないものの、この一年間で研究が進み、超次元的な力を放出させる程度のことはできるようになっている――幾許かの時間稼ぎのために八人の抵抗者達に対して攻撃を仕掛けさせることにする。彼らがトリニティ・バーストを発動させる前に巨人が攻撃を仕掛けたのも、星右京が命令を下したからに他ならない。今の巨人はその腕や胸部から粒子を発し、抵抗者達に対して迎撃の姿勢を取っている。
そして巨人の攻撃に対抗するために、まずはクラウディア・アリギエーリとチェン・ジュンダーとが仲間を護るために結界を張り、次いでエリザベート・フォン・ハイラインがへカトグラムの宝石に接吻をしながら前へと歩み出る。
「……アナタが長い夢の中で練り上げた奥義、今完成させるわ、リーゼロッテ……」
彼女が解除コードを唱えると、宝剣の先端に小型かつ強烈な重力波が発生し――本来なら全て巻き込むそれは、神剣アウローラの持つ指向性により、ノーチラスや味方を引き寄せず、同時に辺りの光や粒子を凄まじい勢いで吸い込みだした。
「これが始祖より引き継いだ……奥義! 神剣二刀爆裂波【ゾンネンブルーメ】!」
そしてエルが巨大な重力をまとった引力をまとった短剣を薙ぐと、小規模なブラックホールが――地上で本物が生成されれば惑星そのものがもたないため、正確には光すら吸収するだけの巨大な力場と称すべきだが――光の巨人を目掛けて飛んでいく。
そして、すぐに暗黒が巨大な翡翠色の一閃にて断たれる。直後、圧縮されていた原子や粒子たちが一気に拡散し、周辺を巻き込む強烈な爆発を起こした。そこに力場をコントロールするというアウローラの性質が加わり、爆発は確かな指向性を持ち、核融合に匹敵する威力が剣閃の跡を追うように進行していく。本来なら球状に拡散するはずのエネルギーは前へと進んでいくため、術者本人には被害がいかない仕組みになっているようだ。
その技は、先ほどリーゼロッテ・ハインラインがアラン・スミスに対して放とうとして失敗したもの。そしてその強力な一撃は、形成する惑星レムの有機的な海水からなる――モノリスによって生きる海とも称された――猛烈に吹き飛ばし、規模数キロメートルからなる巨人の右腕を思いっきり吹き飛ばし、更には右胸部にも確かな裂傷を与えた。
光の巨人はあくまでも人に近い形を取っているだけで、そのダメージによって倒れることは無い。海に落ちた右腕は、再び元に戻らんと急速に一点へと収束している。だが、エリザベート・フォン・ハインラインの一撃は巨人の構成要素を確かに分離させた。巨人が再生をしている間に、確かに巨人による熾烈な攻撃を半減以下にすることに成功したのである。
それを好機と見て、ソフィア・オーウェルとクラウディア・アリギエーリがノーチラス号の甲板から飛び出した。だが、まだ巨人は完全に無力化されたわけではない。むしろ、接近してくる二人の少女に対して攻撃方法を切り替え、蠢く身体の表面から光の粒子を打ち出し、それによって激しい弾幕が展開される。
「さて、私は若い世代の援護にいそしみましょうか……流石にアレを相手に殴る蹴るも無いでしょうし、私たちは普通の人らしく地に足をつけて頑張りましょう」
チェン・ジュンダーが手を前面にかざすと、光の巨人から放たれている光の粒子がねじ曲がっていく。ほとんど質量をもたない巨人の攻撃を、彼は意志の力で捻じ曲げている――本人にもできるという確証があった訳でもないのだが、同時にいけるという直感はあった。万年を復讐に捧げたその執念は強く、また同時に絶望に心を落とした幼い子供らにその意志の強靭さを見せることが自身の使命であるという確信があったのだ。
チェンのサイキックにより、ソフィアやクラウディアらの進路が開け放たれると同時に、ノーチラスに向けた攻撃も逸れていく。巨人はそれを厄介に思ったのか、胸から集めた破壊の粒子を纏った海水を一気に吹き出し、それをノーチラス号の甲板へ向けて射出してきた。さしものチェン・ジュンダーも、その大質量を曲げるのは難しいが――彼の前に二人の男が立ち、押し寄せる破壊の衝動へと向かい合った。




