13-78:金色の巨人、再び 中
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「星右京……勝負を焦りましたか」
再び海上に現れた光の巨人を眺めながら、チェン・ジュンダーはそう呟いた。T3がチェンの横に並び、相変わらずの無表情で口を開く。
「右京は自棄になって、光の巨人を再び降臨させたということか?」
「自棄になったとまでは言いませんが、計画を狂わされた中で賭けに出たことは間違いないでしょう。もし既に高次元存在を手中に収められるだけの準備を進めていたのならば、こんなタイミングに実行することはないのですから」
自分の勘とチェンの推論は概ね一致していた。恐らく、今このタイミングでの巨人の再臨は計画的なものではないはずだ。海と月の塔を制圧された今、分の悪い賭けに出たというのは間違いないだろう。
同時に――不謹慎ではあるが――自分としては右京のその行動に対して少し感心していた。不測の事態に対して大胆な行動に出るというのは彼らしくないようにも思えるが、それが彼の必死さの表れであるように感じられたからだ。
もちろん、その賭けとやらが成功してしまえば碌なことにはならないのは目に見えているし、呑気にしている暇もないのだろうが。そんな傍ら、T3の奥からナナコが飛び出し、光の巨人を指さしながらチェンの方を向いて叫びだす。
「あれを放っておいたらどうなっちゃうんですか!?」
「確実なことは言えませんが……右京の何某かの賭けが成功するか、再び現れたアレに対して残っている第六世代たちが魂を返してしまうか、または旧世界のように暴走して天変地異が起こり、この星に人が住めない環境になるか……いずれにしても我々にとっては良い結果にはならないでしょうね」
「それじゃあ、なんとかして止めないといけないですよね!? どうするんですか!?」
「……簡単なことだぜ、ナナコ。もう一回アイツに蹴りを入れてやればいいんだ」
今度は自分が一歩前に出て、ナナコが指さしているのと同じ方角を指さした。自分の提案に対し、一同は唖然としたように目を見開いており――その中でも一番早く我を取り戻したチェンが「ちょっと待ってください」と首を横に振る。
「確かに、一年前にはアナタがアレに突撃したことで首の皮が繋がった訳ですが……それは光の巨人に対して有効打を与えたのではなく、レムリアの人々が心を強く持ち、魂を現世に残したことが要因です。
確かに、第六世代達の魂を護るという点では有効かもしれませんが……」
「いいや、そんな消極的な話じゃないぜ、チェン。今度は海に囚われた魂たちを解放するために戦うんだ。
前回は、あの質量があるとも分からないデカブツに対して蹴りをかまそうとした馬鹿が一人だけだったから、せいぜい残っている人々の心を絶望に落とさないことしかできなかったが……そんな馬鹿が何人も居るってなったら、どうにかなると思わないか?」
こちらの返答に対し、またチェンは言葉を失ってしまう。しかし反論が無い所を見るに、自分の意見をどこか直感的に正しいと思ってくれているような印象を受ける。
自分としても言語化はできないのだが、上手くいくような気はしているのだ。蹴りをかまさずとも、ともかく光の巨人に対して――世界の終わりに対して心を挫かすに戦うこと、そしてそれが一人でなく複数人であること。三次元の檻にいる矮小な存在である人間の底力を高次元存在に見せつけてやること――そうすれば、海に囚われた魂たちが解放される、そんな直感があるのだ。
とはいえ、理性的な軍師様は道理が通らないことに首を縦に触れないであろう、口元に指をあてて小さく唸っている。それに対し、自分の左隣に居たソフィアがひょこっと顔を出す。
「チェンさん、アランさんの言う通りにやってみましょう」
「ふぅ……貴女はアラン・スミスが絡むと普段の聡明さが欠落しますねぇ」
「それは否定しませんが、どうせ手をこまねいてみていても、いい結果にならないと言ったのはアナタ自身ですよ。それなら、最後まで抗ってみる方が建設的だと思いませんか?」
嫌味をさらりとかわしたソフィアのカウンターにより、チェン・ジュンダーは再び押し黙ってしまった。とはいえ、女性陣はやる気になってきている雰囲気はある。まだどこか踏ん切りがついていないのは自分を除く男性陣であるものの、あと一押しが決まればなんとかなりそうだ。
「私も、やってみる価値はあると思います」
そんな風に手を上げながら声を上げたのは、ソフィアのもう一つ隣にいるクラウディアだった。彼女は自分を呆れ半分、残り半分は援護してあげますよ、という目をしながら話を続ける。
「まぁ、主神と繋がる光の巨人を攻撃するというのも、恐れ多くもありますが……海に囚われているのは、絶望に心を落としてしまった人々の魂です。その迷える魂たちに、強い意志の力を見せることができれば、一気に解放できるかもしれません」
「そう、俺が言いたかったのはそういうことだ!」
意見に手を叩いて賛同すると、クラウディアは「何も考えてなかった癖に……」と肩をすくめる。
「しかし、魂の集合体である光の巨人を攻撃するというのは問題ないのか?」
疑問を差し挟んだのはブラッドベリだ。それに対してクラウディアは巨人を指さしながら「それは問題ないはずです」と続ける。
「魂は本来、三次元の檻に留められるものでなく、超次元的な存在です。私たちが三次元世界において物理攻撃を行うことで魂が損なわれることはありませんし……なんなら、気付けになるくらいに思ってくれて良いんじゃないでしょうか?」
「高次元存在と交信できる貴様が言うのなら、あながち間違いでもないのだろうが……しかし、海上にいるアレをどう攻撃するつもりだ?」
「足場があればいいんだろう、魔王の旦那!」
その声は穴の外、上空から響き渡り、次第に強烈な風圧と共にノーチラスが降りてきて、搭乗口が塔の穴にピタリと合わさる。シモンが通信でこちらの会話を聞いており、自分たちを巨人の元へと送り届けるために降りてきたのだろう。
「さぁ、ノーチラスに乗り込んで! 親父から託されたもの……僕自身の夢を叶えるために、星右京の好きにさせる訳にはいかないんだ!」
「シモン……そうだな」
一同船に乗り込み、自分たちはブリッジへは行かず――アガタはこれからやろうとしていることの性質上別れた――すぐに甲板へと続く扉の前まで移動する。そして船の移動がゆっくりになったタイミングで甲板へと出て、左からエル、クラウディア、ソフィア、自分、チェン、ナナコ、T3、ブラッドベリの順で横一列に並んだ。




