13-77:金色の巨人、再び 上
星右京は月へと逃れていた。ストレイライトを破壊され、ダニエル・ゴードンが戦闘不能に陥った。互いにトリニティ・バーストを発現させていたという均衡が破れ、その上でこちらが欠員を出したとなれば、正面から戦っても敗北は必須である。何より、JaUNTに完全に対応してくるアラン・スミスが帰ってきてしまったとなれば、もはや戦況を覆すことなどほとんど不可能だと判断した上での退却だった。
しかし、彼にはたった一つ残された手段がある。海と月の塔のコントロールを完全に奪われれば、その最後の手段を取ることすらできなくなってしまう。それ故に一人で月へと逃れ――リーズには逃れられるように救いの手を出したが、やはり無下にされてしまった――今は月から深海のモノリスへと働きかけ、最後の手段を講じる為にひたすらコンソールに向かって作業を続けていた。
そんな中、もう少しで作業が完了するという時に、脇の液晶から警告音が流れ始める。少年がそちらへ目を向けると、そこには七柱の創造神たちのバイタルが映し出されているウィンドウがあり、まさしく今、一柱の生命活動が停止した。
「リーズ……君も逝ったのか」
リーゼロッテ・ハインラインの本体は、何者かの攻撃にさらされていた訳ではない。つまり、彼女自身が生命維持装置を停止させ、その長かった人生に自らの手で終止符を打ったというのに他ならない。タイガーマスクと決着をつけるという妄執に囚われていた彼女は、その目的を達し、現世に対して意味を喪失をしてしまったのだろう、少年はそう判断した。
つい一年前まで全てのバイタルが正常であったはずなのに、今はただ二本が正常に稼働するのみとなってしまった。一年前に自らが晴子を葬り、アシモフ、キーツ、ハインラインの三名は死亡、ゴードンはまだ存命だが、器の脳死により理性的な人格を取り戻すには半年掛かる。
自身の目的を達成するためには、いずれはこうする必要があった――少年の目的は一万年前から変わっておらず、様々な経験を通じてより強固になっていくだけだった。そうなれば最終的には他の六柱を排除する必要があったのであり、ある意味ではその手間が省けたとも言えなくはない。
ただ、現状は決して好ましいとは言えない。計画通りにことが進んだわけではなく、全く予想外に崩されてしまったのだから。こちらは戦力を激減させた上で、相手方の主戦力を誰一人として倒せていない。レムも、チェン・ジュンダーも、何よりアラン・スミスも全員残っている状態。この状況を打破するには、不確定な賭けに出るしかない。
そしてその賭けを実行するには、次元の壁を突破する穴を作る必要がある。そしてその穴に対して、あの人ならば確実に反応し、対抗してくるはずだ。そうなれば、あまり悠長にしていられないの確か――その上で理論上は不可能でないとしてもテストなども行っていないし、不確定要素は大いにある。
しかし、腹をくくるしかない。あの不確定要素だらけの中で正解を引き当てる化け物と、自分は正面から戦うしかないのだ――少年はそう考えると手が震え始めた。その震えの原因は恐怖や緊張から来ているのも間違いないのだが、同時に自身の心の憶測にある何か熱い物が、少年の精神を揺さぶっているようでもあった。
「先輩……僕は僕らしいやり方で、きっとアナタを上回って見せる。そして……」
少年は自らを奮い立たせるように一人ごちるのに合わせ、機材のボタンを力強く叩きつけた。月から眺めるその星は、淡い金色に輝いており――しかしそれらの輝きは徐々に海の一点に集まっていき、絡み合い――そして少年の瞳には、三度目の金色の巨人が映し出されたのだった。
「高次元存在、これが僕からの挑戦状だ」




