13-76:夏への扉 下
「最後に、アイツに伝えて頂戴。トドメを刺さなかった相手は、いつまでも追いかけてくる……この先、いつかの時代、どこかの世界まで、きっとアナタを追いかけて……今度こそ、アナタを降して見せるとね」
最後の最後まで、何とも彼女らしい。そして、それを伝えたら彼も苦笑いするのが目に見えている。彼女は振り返らないまま、光に身体を包まれていき――しかし、こちらも彼女に対して最後に言いたいことがあった。
「それじゃあ、私からも最後に……私はアナタのおかげで成長できた。だからありがとう、始祖リーゼロッテ……私の遠い遠いご先祖様」
彼女の背中にそう投げかけると、リーゼロッテは扉の先で振り返り――どこかハッとした表情をしたと思ったら、すぐにどこか泣きそうな表情を浮かべて、そしてすぐに皮肉気に笑い首を横に振った。
「……参ったわね。本当に一本取られてしまったわ」
「さんざんいじめられもしたのだから、そのお返しよ」
「ふふ、そう……ねぇ、エリザベート……」
彼女が最後に伝えようとした言葉は、溢れる光によってかき消されてしまった。しかし、彼女の唇の動きから想像するに、それは――。
次の瞬間、白い空間はどこぞかに消え失せ、代わりに馬鹿みたいに青い空が自分のことを見下ろしていた。身体の間隔は確かにあり、辺りからは波の音が聞こえ――そして先ほど打った後頭部からくる痛みが、身体が自分のものとして戻ってきたことを物語っていた。
「……エル?」
「えぇ……久しぶりね、アラン」
頭をさすりながら上半身を起こし、相変わらず胡坐をかいている彼の方を見る。話したい事は山積みだが、そのせいで逆に何から話せば良いか分からなくなってしまう。ふと、袖の無くなって顕わになっている左腕が視界に入ってくる。既に傷は完治していると言っても、まずは謝罪をすべきだろう。
「あの、腕のことなんだけれど……」
「あぁ、気にすんなって。生えてくるんだから、安い腕さ」
「ふぅ、相変わらず滅茶苦茶ね、アナタは……そういう問題じゃないでしょう?」
「腕なんか落とされなれてるからなぁ……人生で何回ぶっ飛んだんだ?」
そう言いながら、アランは腕が落ちた回数を指折り数え始める。まぁ、以前には胸を貫いたのであり、それと比べれば確かに腕の一本程度はマシかもしれない――いや、アラン・スミスという男が規格外なだけであり、本来は一生恨まれるどころか死んでいてもおかしくない攻撃をくわえているのだから、やはり謝るべきだと思うのだが。
しかし、きっと彼は「気にすんな」の一言で済ませてしまうだろう。本人が気にしないのなら変に謝る必要もないのかもしれないが――そんな風に頭を悩ませていると、いつの間にか後頭部の痛みが無くなっていることに気づく。考え事をしている間に治癒してくれたのだろう、クラウがひょこ、と自分の視界に入って来て、綺麗な紫の双眸でこちらを見つめてくる。
「エルさん、大丈夫ですか?」
「えぇ、アナタには世話になったわね、クラウ……アナタが発破をかけてくれたおかげで、もう一度立ち上がろうと思えたから」
「いえいえ、私が聞いているのは、さっき思いっきり打った後頭部の調子と、その恰好で恥ずかしくないのかってことなんですけど」
クラウが指さす先は、こちらの足、もとい、こちらの股あたりだ。何故に我が遠い祖先はこんな角度のついたパワードスーツを作ったのか、まったく理解不能だ。視線をあげると、クラウどころかアランまで凄まじい真顔で祖先の創り出した角度を見つめて、何やら「うむ……」「凄いですねぇ……」などと呟いており、思わず祖先の角度を手で隠しそうになる。しかし、先ほどのリーゼロッテとの会話を思い出し、何とかそれを堪えることに成功する。
「まぁ、その、恥ずかしくはあるけれど……こういうの、克服していかなといけないと思うのよ」
「えっ、そういうのって克服する必要あります? そんな公開痴女宣言をするなんて、もしかしてエルさん、何か変な方向性に目覚めちゃったんですか?」
確かに、今の言葉は変な意味に捉えられかねない。変に恥ずかしがって遠慮をするのを止めるべきと考えを改めただけなのだが――アランとクラウは互いに「なるほどなぁ」「まぁ人それぞれですからね」と腕を組みながらうんうんと深く頷いている。
この二人は相変わらずだとか、そんなつもりで言った訳ではないと弁明するべきだとかあれこれ考えていると、上から羽根が舞い降りてくる――頭上を見ると氷炎の翼を生やしたソフィアが自分の目の前にゆっくりと降りてきた。
「お帰りなさい、エルさん」
そう言いながら、ソフィアは両手をこちらへと差し出してくる。その手の上には神剣アウローラが置かれていた。ソフィアは倒れた拍子に海上に落ちてしまった神剣を探し出し、拾い上げてきてくれたのだろう。
しかし、ソフィアが少し申し訳なさそうな表情を浮かべているのが気になる――何となくだが、この情景には見覚えがある。もしかしたら、彼女は以前に自分が暴走した時に自分から剣を取り上げたことを気に病んでいるのかもしれない。
とはいえ、あの時の彼女の判断は間違えてなかったと思うし、何よりこうやって拾い上げてきてくれたのは、彼女なりの気遣いなのだろう。それを嬉しく思いながら、自分も両手を出して神剣を受け取り、それを膝の上に置いてから視線を上げて仲間たちの方を見る。
「……ただいま、ソフィア。ただいま、みんな」
そう言いながら周囲を見回すと、先ほどまでふざけていた二人もビックリしたように背筋を伸ばし――そして二人とも穏かに微笑んで、各々おかえりを返してくれた。
瞼を閉じて、リーゼロッテとの別れを思い出す。彼女の唇が紡いでいた言葉――それは確かに「幸せになりなさい」であった。
それならば、自分も彼女の次なる生の幸せを祈ろう。傭兵として青春を失い、長らく冷凍睡眠で惑星間を移動し、その後は脳神経だけになって生きながらえた彼女が次に生を受けるのなら、どんな世界が良いだろうか?
先ほど彼女はアランを追い続けると言っていたが、何もその決着は血なまぐさくなくたっていいはずだ。別に勝負は、刃を交えなければできない訳でもない――それこそ、また違った出会い方をすれば、きっとまた違う分かり合い方もあるはずなのだから。
それならば、次に彼女が生まれる世界は、暖かい場所であってくれればいい。争いのない世の中などはきっとないと思うけれど――それこそそんな世界などあり得ないと彼女ならニヒルに言い捨てるだろう――それでもきっと、生まれる場所や時代によっては、リーゼロッテが望まずに巻き込まれたほどの過酷には巻き込まれはしないだろうから。
そんな風に考えていると、瞼の裏に一つのイメージが浮かんできた。それは、かんかんに照りつける太陽の元、太陽に向かって伸びる花畑を走る一人の少女と一匹の猫――その子は自分が幼かった時に外見は似ているけれど、同時に温かな世界に生まれて、大好きな友だちと一緒にすくすくと育っている。
そして少女はこちらへと振り返って、向日葵のような大輪の笑顔を咲かせる。そうだ、彼女のくぐったあの扉は、こんな世界に繋がっていて欲しい。そして、彼女が生ける温かな世界を護るため、時空間を掌握しようとする星右京を止めなければならない。
そう決意を新たに瞼を開くと、遠巻きにこちらを見ていたナナコが、また元気な声で「エルさん! お帰りなさい!」とあげて走ってきた――その時だった。先ほどまで穏やかだった海がざわめき始めたと思った直後、海が映し出している金色が波のように南へと引いていき始める。
その事態に皆立ち上がり、塔の内部へと移動し、先ほどクラウが空けた穴から海の様子を眺める。青を取り戻した海面の向こうで、金色の渦が巻き起こり――集まった魂のかけらたちが融合し、そこに再び金色の巨人が姿を現したのだった。




