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13-75:夏への扉 中

「……アナタは、それでいいの?」

「えぇ、約束は約束……駄々をこねて最後のチャンスをもらったんだもの。悔いはないわ」

「でも、アナタは……アランのことが、好きだったんじゃないの?」


 こちらの言葉を聞いて、リーゼロッテはきょとんとした表情を浮かべ――いつも超然としていた彼女が初めて見せる表情な気がする――すぐに心底おかしいというように、口元をかくして笑って見せる。


「まぁ、四六時中アイツのことを考えてたから、自分でも恋をしていると表現していたけれど……勝手にこうだって色々と決めつけて、相手の気持ちなんか全然考えていなかったのもまた事実。

 対してアナタは、アラン・スミスという男のことを最後まで信じ切って見せた……きっとね、本当に誰かのことが好きって言うのは、アナタみたいなことを言うのだと思うのよ。

 だから、胸を張りなさい、エリザベート・フォン・ハインライン。アナタは遠い祖先である私を、確かに超えて見せたのだから」


 そう言いながら優し気に微笑み、リーゼロッテは再びへカトグラムをこちらへと差し出してきた。彼女を超えたという実感もあまりないし、何よりもアランに対する感情の重さで勝敗が決したようで気まずさもあるのだが――自分も一歩前へと出て、彼女の手から宝剣を受け取ることにした。


 彼女は覚悟を決めてアランとの戦いに臨んだ。勝敗の如何に関わらず、自らが消えても良いという覚悟を持って――そして全てを出し切り、後悔も無い。それなら、その彼女の覚悟を汲まないのは失礼に当たると思ったから。


 武神から宝剣を受け取り、しばらくその刀身を見つめる――心の世界においてそれに質量は無いはずなのだが、へカトグラムは何か重大な重みを持って自分の手に収まっている。その重みを確かに感じていると、また正面からくつくつと笑い声が聞こえ始める。


「一応断っておくけれど、私はタイガーマスクに異性的に惹かれていた訳じゃないわよ」

「……そうなの?」

「えぇ。だって、彼は随分と年下だったし……どちらかと言えば、反抗的な弟くらいに思っていたわ。まぁ、だからこそいつも手抜きをされて癪だったって言うのもあるけれど……ともかく、うかうかしてられないわよ、エリザベート。アナタにはとんだ強敵が何人もいるのだから」

「……えぇっと?」

「はぁ……そんな調子じゃ先が思いやられるわね。これじゃ安心して成仏もできないじゃない」


 リーゼロッテは呆れたように肩をすくめて後、武器を手放した手でこちらの胸元へと差し向けてくる。


「いい? 戦いは先手必勝……アナタは十分魅力的よ。獲物は荒事には敏感だけれど、情緒は十代並なんだから……そこを狙っているライバルがたくさんいる。だから、アナタも積極的にならなきゃならないわ」


 そこまで聞いて、鈍い自分にもようやっと彼女の真意が分かった。彼女の言う強敵とは、残る七柱を指しているのではなく、クラウやソフィアのことを指しているのだと。確かに、以前の自分は彼女らの女の子らしさには敵わないと思っていたし、また彼に対する接し方に関しても消極的だったことは間違いない。


 しかし、まだ戦いが終わっていない中で悠長な話をしてしまっているとも思うが――その点に関してはリーゼロッテは自分たちの勝利を疑っていないのだろう。きっと、自分がアランを信じたのと同じように、彼女は自分達の勝利を信じてくれているのだ。


 とはいえ、彼女自身は右京らとも長く、一応は仲間意識も持っていたはずだ。実際、彼女は先ほどルーナを逃がして見せた。そうなれば、どちらが勝つかということに関しては、恐らく想像以上に複雑な感情があるはず――そんな風に考えながら黙っていると、リーゼロッテは自分から一歩離れ、またどこか優し気な微笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる。


「アナタみたいな子が、私の遠い子孫だというのなら……戦いの中で何かを奪うことしかできなかった私にも、少しは価値があったように思える。だからこそ、アナタには後悔して欲しくないの。

 私みたいに戦いの中だけで生きるのではなく、何かを育むために生きてみて欲しい。それは、たとえば恋であるのかもしれないし……アナタが誇りに思ってくれているハインラインの血筋や、アナタを慕ってくれている領民でも良いと思う。

 アナタはその青春を復讐と剣に捧げたと思っているかもしれないけれど、私からしたらまだ引き返せるところにいる。それどころか、アナタが歩んできた道筋は、確かにアナタ自身の成長と……何かを生み出せる未来へと繋がっていたのだから」


 彼女の言葉を聞いてハッとする。リーゼロッテはアランに自身を重ねていたのと同じように、私にも自身を重ねていたのだと。そして、彼女は遠い子孫である自分に期待しているのだ。私ならば彼女が願っても手に入れられなかった幸せというものを手に入れられるのかもしれない、と。


 彼女の気持ちを勝手な押し付けだと言うことだって簡単だが――彼女の願いは自分の胸に違和感もなく落ちてきた。自分だって、できれば後悔の無いように生きたい。もう女らしくないとか、誰それに敵わないとか言い訳ばかりして、逃げるようなことはしたくない。


「アナタの期待に添えられるかは分からないけれど……いいえ、そんな風に卑屈に言ったらダメね。私はきっと、後悔の無いように生きてみせる」


 折角彼女に鍛えられたのだ、きっと今の自分ならそれができるはずだ。強く頷き返すと、リーゼロッテは安心したように微笑み、そして後方へと振り返った。彼女の見つめるその先に、何か不思議な粒子が集まり――そしてそれらが結合し、どこか古ぼけた木製の扉が現れた。


 彼女は扉に向かって一歩、二歩と歩みを進め、そのノブに手を掛ける。そして扉を開き――その先の景色は周囲と変わらない白い空間であるのだが、そこをくぐれば彼女は次の輪廻に向かうのだろう。


 もしかしたら自分にはその先の風景が見えていないだけで、彼女には見えているのかもしれない。彼女は扉の先をしばし見つめて後、振り返らないまま最後の一歩を踏み出す。すると扉の先から光が溢れてきて――この光が世界を覆えば、私たち二人の世界が終わりを告げるのだと直感的にわかった。

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