13-72:虎と狼の決着 上
いくらリーゼロッテ・ハインラインにパワードスーツとアウローラによる身体強化があると言えども、超音速で襲い掛かられたら対応のしようもない。とくにオリジナルとの融合を果たしたアランは、今まで対峙した中で最速、へカトグラムによる楔は彼と戦い続けるのに必須となる。
リーゼロッテ・ハインラインの創り出す重力波は、単純に下へと相手を叩きつけるものではない。正確に言えば引力を上手く活用していると言える――中空に出現した漆黒の球体による強力な引力に引き付けられるため、相手は逃げることもこちらに近づくことも困難になるのだ。
変身したアラン・スミスなら簡単に重力の楔は突破してくるが、重力波によってその勢いを削がれているので、これならばこちらとしても十分に対応できる速度である。黒い虎が振りかざしてくる爪の連撃を一、二、三と双剣で防ぎ、最後の猛烈な突きを二対の神剣を交差させて受け止める。
「……変身しているところを攻撃するのはルール違反なんだぞ?」
「コインが落ちたら始めるって言ったのはアナタ。それに、先に変身しておけば良かっただけじゃない?」
「まぁ、それもそうか……」
リーゼロッテの言い分に対して呆けた返事を返す虎を、カランビットナイフごと弾き返し、そのまま一気に踏み込んでこちらから連撃を仕掛ける。だが、先ほどこちらが受け止めたように、向こうも二対のナイフでこちらの攻撃を受け流してきている。神剣の切れ味をしてナイフが折れないのは、虎が身体のバネをしなやかに利用して上手く斬撃の威力を落としているのは勿論だが、その短剣自体の頑丈さは不思議である――しかしそれもすぐに納得した。冷静に思い返せば、自分の身体が振るっている二対も、虎が握っている二対も、どちらも制作者は同じなのだ。持ち手に合わせているため、その形状や機能は違っても、その強度は同等であっても何もおかしなことは無い。
しかも、そんな強力な武器を原初の虎が持っているということはやはり脅威である。重力による楔によってその速度が減衰されているおかげで打ち合えているが、それが無かったら一瞬のうちにこちらがやられてしまうだろう。本来ならADAMsによる速度を殺すために作られたはずの檻を、この猛獣は破ろうとしているのだ。
それに、重力波も時間により減衰していくので、徐々に虎は速度を増しており、こちらが追い詰められる形になっていく――だが、武神の側も伊達ではない。相手の癖を短時間で読み切り、寸でのところで何とか踏みとどまっている。
そして、向こうの加速装置にも制約がある。サイボーグ時代もクローンの時もそうであったし、先ほど星右京と戦っている時にも常に音速機動をしていた訳でないことから、今もそうであるはずだ。リーゼロッテも同様の予測をしており、そして自分達の予測は実際に当たっていた。虎は一度安全な場所に離脱しようと距離を離し――こちらもその隙をついて重力波を張り直し、そして翡翠の太刀を逆袈裟に振り上げた。
武神の放った光波の機動を見て、アラン・スミスも驚いたことだろう。それは、彼の離脱地点からかなり離れた機動で放たれたからだ。だが、リーゼロッテ・ハインラインが無駄なことをするはずがない――それを自分は知っている。そしてその期待の通り、翡翠色の斬撃は重力の波に乗って軌道を変え、距離を開けていたアランの方へと駆けていく。
この予測もつかない応用性こそがリーゼロッテ・ハインラインの強みとも言えるのだが――彼女の強さを知っているのは自分だけではないということか。アラン・スミスは身体を捻じってすれすれで翡翠の剣閃を躱し、そして再加速をして重力の檻をものともしないでこちらへと突貫してきた。
今度は安易な接近を許しはせず、リーゼロッテは神剣から剣閃を数度繰り出す。それらは軌道を複雑に曲げているため、原初の虎ですら動きを危なげにしているのは、彼もリーゼロッテの攻撃の軌道は完全に読み切れていないのだろう。それでも彼は怯むことなく刹那で攻撃を見切り、こちらへと走り抜けてくる。
そして、再び接近戦の形になる。こちらも左の重力剣をパリイングダガーの代わりに使うことはできるが、右手が長物なので懐に入り込まれては不利。代わりにその外なら向こうは有効打を打てないので有利――リーゼロッテも懐に入り込ませないように足を捌き、時に大きく足場を動かしながら間合いを調整する。
しかし、虎と武神の戦いに対して、自分は何一つ介入することは出来ていない。二人でアランと戦うというのがリーゼロッテとの約束だったが、結局はリーゼロッテに為されるがままになっている。一応、自分ならこう動く、という感覚はリーゼロッテとズレてはいないのだが、それでも彼女の方が反応も判断も僅かながらに――戦闘においてはその僅かですら重要だ――早く、結局二人の舞踏を眺めているのとほとんど変わらない形になっていた。




