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3-11:昼間の模擬戦 エルとテレサの場合 上

 クラウに武器の製造を依頼してから数日が経った。すでに結界の修復は完了し、後は外壁が直ればひとまず外敵からの侵入は以前通りに防げるようになる。


 自分としては、案外やることはなくて暇だった。難しいことはソフィアやアレイスターなど軍関係者がやってくれている。襲撃が予想されていた魔族に関しても、小規模な衝突があるくらいで自分が出張ることもないし、何より軍に駐留している以上、飯は放っておいても勝手に出てくるのだ。


 タダ飯が上手いのも最初の一日二日くらいで、周りがあくせく働いているのに、自分だけベッドでふんぞり返っているのも申し訳なくなってきた今日この頃。本来的には訓練や見回りなどに参加するべきなのかもしれないが、自分の位置づけはソフィア准将の食客扱いなので、決まった訓練も持ち場もない。


 そうなれば、自分でやることを探さなければならない。そんな風に思いながら駐屯地の敷地内を歩いていると、何やら人だかりが出来ているのが見えた。その人だかりは主に青い軍服で構成されており――何か面白いものでもあるのか、そちらの方へ向かってみる。


 人が集まっている理由はすぐに分かった。一同の視線の先では、二つの剣が打ち合っている。一つはエル、一つはテレサのものだ。要は訓練を皆で見ているわけだが、そのレベルが異様に高く、参考にでもする気で前衛を務める兵たちが観察しているのだろう。まぁ、単純に可愛い子見たさかもしれないが。


「おい、どっちが勝つと思うよ?」

「やっぱりテレジア様じゃないか……ペースはテレジア様が作ってるし、何より勇者のお供なんだぜ?」


 野次馬の言う通り、見ている感じではテレサの方がやや優勢に見える。というより、エルが攻めあぐねているようだった――いや、よく見れば、実力自体は拮抗しているが、実はエルの方が技量は上なのかもしれない。テレサの方から撃ち、間合いを詰め、離し――やや動きが大きく、試合のペースは一見テレサが作っているように見える。


 だが、逆を言えばエルの方が、テレサの動きに対応して行動し、体力を温存している。見れば、テレサの顔には疲弊が目立ち、エルの方がまだ涼しい顔をしているように見て取れた。周囲の男たちもなんとなしにエルの技量を感じているのか、テレサ優勢と言っていた者たちも今はダンマリで、固唾を呑んで試合の行方を見守っていた。


 少しすると、雰囲気が変わる。このままでは負けると悟ったのだろう、テレサの方が一気に気迫を出す。


「……はぁ!!」


 恐らく、渾身の一撃にて勝利を引き寄せる算段――別にやけっぱちという雰囲気ではない、証拠に、その踏み込みにエルの方も避けることは叶わず、テレサの放った袈裟切りを両手で握った模造刀で受け止めようとしている――だが、同時にヤバい、という顔をして、顎を少し下げていた。


 その読みは確かだった。鈍い音がしたかと思うと、エルの持っていた模造刀は中央から折れ、切っ先のほうが顎先を掠めて肩の後ろに飛んで行った。引いていなければ、今頃ケガをしていただろう。


「ふぅ……さすがね、テレサ姫」


 エルは剣の柄を投げながらテレサに祝辞を送っていた。今の一撃は、エルをもってしても防げなかった、つまりテレサの勝ちということになるのだろう。そして、観衆も同様のことを思ったのか、テレサに対して拍手が巻き起こっている。


 しかし当のテレサは、息を整えながら、納得いかないという表情でエルを見ている。


「……もう少し付き合って欲しいです、エルさん。次は、本気でお願いします」

「何言ってるの、私は本気だったわ」

「えぇ、そうでしょう……剣が一本なら。でも、二本ならまた違うと思います」


 一応、公衆の面前ではエルの素性は隠しているのか、普段のお義姉さま呼びではなくなっている。それならそれでエルが敬語を使ってないのは不敬にならないかとハラハラしつつ、ことの次第を見守ることにする。


「……どうかしらね。あんな馬鹿力、パリイングダガーでは止められないと思うけれど」

「それも含めて試してみたいです……お願いします、エルさん」


 エルはため息を吐き、しかし義理の妹の真剣な眼差しに耐えかねたのか、周囲の兵に新しい模造刀とパリイングダガーを所望した。そう言えば確かに、エルは幅広の剣より片手で取り回しやすい剣をいつも選んでいた気もする。それが故に剣の強度が足らずによく折っていたが――本気のスタイルは、前世でいうところのフェンシングのスタイルなのかもしれない。確かに、本来は二刀の魔剣を使うのだから、このスタイルのほうが自然なのだろう。


 とはいえ、ヘカトグラムは重力波を出すのがその役目だから、防御用に扱ったりするものなのだろうか? もっと冷静に考えれば、そもそもヘカトグラムって必要なのだろうか――この前見た感じ、アウローラ一本で十二分すぎる強さがある。ヘカトグラムもその重力で魔術の稲妻を曲げるほどだから強力なのも分かるが、得てして二刀流なんて浪漫の枠を出ず、扱いも難しいのだから、アウローラ一本の扱いに集中したほうが強いような気もするが。


 まぁ、見ていればそれも分かるか。改めて二刀を構えたエルと、テレサとが再度対峙する――模造刀だから魔剣特有のトンデモパワーは無しだが、それでもエルが二刀スタイルを扱えるのか、そしてそうだとするならどの程度の技量なのか。なんだか偉そうに上から目線で考察してしまったが、ともかく百聞は一見にしかずというやつだ。


 立会人の兵が手を上げ、初めの号と共に後ろに下がった。中央では二人の女が静かにお互いを見つめ合っているが――再びテレサのほうが一気に間合いを詰める。また、あの一撃、エルが言っていた通り、両手で止められない太刀筋を、片手で止められる道理は無い。


 だが、結果は先ほどとは違った。勢いがついたら止まらないのだから、勢いがつく前に止めればいいの原理か、エルも踏み込み――その速度はまさしく風の如く、振りかぶられる前の太刀の根元を逆手に握った短剣で止め、右の剣の切っ先が姫の首元で止まった。


「……これで満足?」

「はい、お見事です、エルさん」


 あまりにも勝負が一瞬でついたことに、自分も含めて野次馬は呆気に取られているようだった。そのせいで、エルに対して賛辞を送ればよいのか、野次を飛ばすべきなのか、どうすべきかも分からないまま、場が静まり返っている。


「……おいお前ら、サボってるんじゃねぇぞ!」


 静寂を裂いたのは、遠くから聞こえたレオ曹長の檄だった。みな一斉に背中に力が入り、持ち場にパラパラと戻っているようだ。自分には予定も持ち場もないので、残っている二人の女性に声を掛けることにした。

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