13-68:師の弔い 下
「クラウディア・アリギエーリ、ただいま見参! っと、どんな状況です? これ……?」
「どうやら、塔の制圧は完了したようですわね。星右京とローザ・オールディスには逃げられたようですが……しかし、酷い有様ですわね」
現れたクラウディアとアガタが塔のホールをきょろきょろと見やり、自分も何となく彼女たち同様に辺りを見回す。改めて見ると、以前に見た荘厳な雰囲気はどこへやら、激しい戦闘の惨状として塔の内部は荒れ果てている。支柱としての機能も果たしているであろう中央のエレベーターも、壁はボロボロになっており――とんでもない力でぶつかり合って、よく塔が崩落しないでもったものだと感心するばかりだ。
そして一通り視線を回して元に戻すと、緑髪の少女が元気な様子でこちらへ向けて手を振っていているのが視界に入ってくる。
「アラン君、よっすよっす!」
「よっすよっす……と、細かいことは後だ。クラウディア、あっちを頼む」
「あっち……なるほど、分かりました」
クラウディアは自分が指さした方向を見て頷き、そちらの方へと歩いていく。自分もそちらへ合流し――そこでは血だらけで動かなくなっているアレイスター・ディックの傍らで座り込むソフィアと、その背後で立ったまま亡骸を見つめるチェン・ジュンダーの姿があった。
「クラウさん、あの、先生を……」
クラウディアは頷き、ソフィアの隣に座ってアレイスターの顔に手をかざす。その間に、ソフィアの肩から離れたグロリアが、既にアレイスターの人格はダニエル・ゴードンによって消去されてしまっていた旨を共有され――改めて視線を戻すと、クラウディアは腕を引っ込めて頭を振っていた。
「ソフィアちゃん。アレイスター・ディックの魂は、既に旅立ちました。でも、悲しまないでください……人は何かを為すために生を受けます。アレイスターさんが旅だったのは、為すべきことを為したと、彼自身が判断したためです」
クラウディアの言葉に、ソフィアは祈るように瞼を閉じた。恐らく、アルジャーノンに身体を支配されたことを知ってから、ソフィアもこのようなことになることは覚悟をして師匠の身と対峙していたに違いない。とくに我らが准将殿は、その辺りの割り切りに関しては年齢から考えられないくらい冷静に行える――それ故に今も冷静にいるのだろうし、また部外者の自分がとやかく言うのもお門違いというものだろう。
強いて言えば、身体を操られていたアレイスター・ディックを屠ったのがその愛弟子でなく、別の者だったというのはせめてもの救いか。もしソフィアがその手に掛けてしまっていたなら、彼女は師を殺めたという業を永久に背負う事になるのだから。
ふと、一万年の因果に決着をつけた亀に目を見やると、彼も口元を結び、自らが屠った男の亡骸をその細い目でじっと見つめていた。少女が使っていた回復魔法や補助魔法、それに体術を見るに、彼はソフィア・オーウェルの第二の師匠でもある――ソフィアを一流の魔術師として育て上げた第一の師について、何か思うところがあるに違いない。
視線を戻すと、ソフィアは瞼をゆっくりと開け、再びクラウディアの方へと向き直る。
「あの、できたらで良いんだけれど……先生の身体を綺麗にしてあげて欲しいんだ。私の回復魔法では、既にこと切れている人の身体を治すことはできなくって……」
「……そういうことでしたら、お任せください」
クラウディアが再び手を翳すと、アレイスター・ディックの身体を淡い光が覆い――チェン・ジュンダーの錬気によって破壊された身体が修復し始めた。しかし、その顔色は土気色のままであり――それがクラウディアの言うよう、すでに彼の魂はここにないことを証明しているようだった。
「……ディック先生、ありがとうございました。魔術を教えてくれたこと、社会の在り方について説いてくれたこと、そして……私が追い詰められたときに貴方がアルジャーノンを止めてくれたから、私はこうやって生きています。
アナタに救われた命の分、きっとアナタの分まで戦い抜いて……その死に報いると誓います」
そう言いながら、ソフィアは男の瞼を右手でそっと閉じた。心なしか、男の口元は微笑んでいるように見え――しかしそれは少女の決意を喜んでいるというよりも、愛弟子の確かな成長を喜んでいる、そんな風に感じられるのだった。




