表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
836/992

13-65:一つの決着 中

「人は生まれてくる器を選べるわけじゃない。君たちのように生まれながらにして優秀な者たちには分からないかもしれないが、僕の思考力は後天的なものだ。しかも自らの研鑽で得たものじゃない……実験の結果得たものであり、モノリス解読のため当時のパラソル社の開発した脳手術プログラムに参加して得たものに過ぎない。

 手術を受ける前の僕は……思い出すのもはばかられるが……まさしく肉の奴隷だった。飢えれば食い、眠くなれば眠り、ムラっときたらしこるだけの人生。自分を取り巻く要素を目で見たそのものとしか捉えることができず、皮肉も理解できず、ただ本能のままに生きていただけだった。

 さて、高次元存在をほったらかしにしておいたとしてだ。そして僕が死んでしまったとして……次なる輪廻の結果として、次に封ぜられるのはどんな器かな? 君たちのように先天的に優れた器に封ぜられ、高い思考力を持ち、世界を切り拓いていけるという確証はどこにもない。

 況や、仮にそれなり以上の器に宿ったとしてもだ。結局、自分を超える者に相まみえることは終ぞなかったんだ……この器に蓄積された知識と、月に眠る改造された脳を使って研究を続けるのが、一番効率が良いのは明白なんだよ」

「要するに、貴方は次の輪廻に対するリスクを無くすために、今の優秀な頭脳でもって輪廻の輪を断ち切ろうとしている……そういうことですか?」

「ま、端的に言えばそう言うことさ……情けないと思ったかい? ただ、馬鹿にされても構わない。世界を知能というフィルターを通して見れないことの恐ろしさを知っているのは僕だけなんだからね」


 男はそこで言葉を切り、どこか遠い目をしながら話を続ける。


「過去の愚鈍なダニエル・ゴードンが、もしも自ら脳手術プログラムに参加していたのなら良かっただろう。しかし、肉の奴隷にあった愚かなダニエルは、介護に疲れた実の親に、その責務から解放されるために売られただけだ……無責任に産み落として、最後にはそれすら放棄されたってわけさ。

 思考力が無いというのはね、つまりそういうことなんだよ。自分で自分の運命さえ決めることができなくなってしまう。君たちにはそんな状況は想像もできないかもしれないが……生まれを選べないってのはそういうことだ。

 誰からも愛されていないことも、馬鹿にされていることにすら気付かず生きているということが、どんなにみじめなことか……君たちにとっては想像すらできまい?」


 そう言いながら男は自分と倒れるソフィアの方を交互に見やった。確かに言われたように、彼の持つコンプレックスを根本から理解することはできないだろう。自分も祖国の人体実験の産物ではあるものの、思考力に問題を感じたことは無いし、またそれに関して劣等感を持ったことは無いからだ。


 正確に言えば、彼のケースはなお悪い。そもそも、劣等感を感じるほどの思考力を――責任能力といっても良い――彼はもっていなかったのだから。それは原理原則として理解できるとしても、自分には共感できるものでないし、また共感できると言うべきものでもない。


「……僕から言わせてもらえばね、大体の人間は、自分が思っている以上には幸福なのさ。賢い奴は……右京なんかが典型例だが……勝手に自分で苦しんでいるが、それは確かな思考力を持っている証拠だ。逆に愚かな奴は、自分が不幸だとか考えることもない。精々満たされない肉の欲求に振り回されて、餓えているだけなんだから。

 別に自分がとりわけ不幸だと言いたいわけじゃないが……どちらの状況も余すところなく知っているのは……愚かであることの真の恐怖を知っているのは、もはやこの世界に僕しかいない」


 そう、自分が理解できるというのは、あくまでも客観的な事実だけ。強いて言えば、彼の有り様を想像すること程度しかできない――恐らく彼の持つ恐怖というものは、痴呆を恐れることに近いかもしれない。自分の在り方を規定できなくなり、世界を理性で認識する力を失う――ただ、これすらも自分の想像に過ぎない。それに、逆を言えば痴呆を恐れるというのは理性的な判断ができるという証左である。ダニエル・ゴードンは生まれながらにしてその権利さえ与えられていなかった訳だ。自分が愚かであることすら認識できない。それは確かに、ある意味では死よりも恐ろしいものかもしれない。


 いや、そんな想像すらも、目の前の男は「持つ者がそれなりな想像力を働かせただけだ」と一笑に伏すだろう。そんな姿を想像したのと現実の男の顔が重なり、魔術神は鼻で笑いながら「まぁ」と前置きを置いて話を続ける。


「ドブの鼠に過ぎなかった僕のような者が、全宇宙の趨勢を決めようっていうんだ。それは痛快なことだと思わないかい? 言ってしまえば、これは僕なりの世界に対する復讐なのさ……クソッタレな世界に勝手に産み落とされた自分が、自分で自分のことを決められなかったこの僕が、すべてを思い通りにできる様にするためのね」

「貴方の言い分は分かりました……だからと言って、貴方の罪が消える訳ではない。そのくだらない理想ごと叩き潰させてもらいますよ」


 相手にどんな事情があったとて、振り上げた拳を収めることなどできはしない。彼の恐怖とやらを認めてしまえば、彼らの理不尽によって奪われた魂たちに申し訳もたたない。それに経緯はどうであれ、結局のところは彼も「持つ側」として次の生への恐怖に苛まれているだけ――程度の違いはあれど、それは結局誰しもが持つ生への悩みに過ぎないのだから。


 ならば、同情することなどない。今更ながらに意外な相手の動機を知れたのは不思議な感覚ではあるが――結局彼の動機が世界に対する復讐だったというのなら、自分も彼も大差は無い。ただ友の雪辱を晴らすべく、永い時間の中でDAPA討つべしと執念を燃やし続けた、それだけなのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ