13-58:虎たちの共演 下
「アラン・スミス……!」
「よう、右京……久しぶりだな」
互いに名を呼ぶ二人の男は、片方は憎々し気に、片方はどこか嬉しげであった。憎々し気に声を上げた少年は、どこか見たくないものからも視線を逸らすまいと目を細め、顔に虎の紋様を浮かべている青年を凝視しながら口を開く。
「僕に復讐するために、戻ってきたと言うのかい?」
「はっ、自意識過剰だぜ右京。テメェのことなんざ、どうとも思っちゃいねぇよ。ただ……そのすかした面ぁ! 一発殴らせろ!!」
再びソニックブームの破裂音が響き渡るのと二人の姿が消え、今度はまた場所を変え、アラン・スミスが右京の持つ剣に対して拳を突き出しているのが視界に入ってきた。アラン・スミスは右京の飛び先を完全に予想して移動しているということになるのだろうが――要するに、虎がJaUNTを扱うデイビット・クラークを打ち破ったのは偶然でなく、必然だったということなのだろう。
「くっ……そう簡単にはやられはしない!」
「やっぱり変身なしじゃ押し切れねぇか……!?」
突然の出来事にまた一同が騒然としている中、ただ一人動き出したものがいた。その者は赤い宝石の埋まった短剣を煌めかせて原初の虎へと重力波を放ち――その結果として、虎は速度を落とし、離脱する右京を追いかけられなくなってしまったようだ。
漆黒の渦の中から虎が飛び出すと、リーゼロッテ・ハインラインは翡翠色の刃の切っ先を突き出して嬉々とした表情を浮かべた。それに対し、アラン・スミスは刺青のようなものが浮かび上がる顔で苦々し気に女の方へと振り返る。
「その顔、素敵よ坊や!」
「ちぃ、厄介な奴に目をつけられたな……!」
「さぁ、今日こそ決着を……!?」
リーゼロッテが忌々し気に顔を歪めたのは、せっかくのチャンスを波動弓によって邪魔されたせいだろう。T3の判断は正しく、今アラン・スミスに対応してもらいたいのは――リーゼロッテとしては遺憾だろうが――間違いなく星右京である。
アラン・スミスの合流により、状況はさらにこちらにとって追い風と言えるだろうが、やはり個の力の差があることは否めない。だが、その差も相手と同じ土俵にさえ立てれば――精神感応デバイスさえ使えれば、とくにJaUNTに対して絶対的な対応が可能な原初の虎が居る今なら、一気に同等かそれ以上の所まで巻き戻せるはずだ。
「T3! ブラッドベリ! アラン・スミス! 奴らに対抗するために、私に力を貸してください!」
各々が激突を開始している中で、先ほどセブンスより託された宝珠を上へと掲げる。ADAMsを起動している二人には自分の声は届かないだろうが、恐らくレムが通信を入れて声を掛けてくれるだろう――そしてレムがその通りにしてくれたのだろう、右京に対して拳を突き出しているアラン・スミスは、首だけこちらに回しながら宝珠の方を睨んだ。
「おい、まさかそいつらと協力しろって言うのか!?」
「えぇ、そうですが……」
「冗談じゃねぇ! どうやってカッコつけのこじらせ野郎と、筋肉モリモリマッチョマンと意気投合しろっていうんだ!」
それだけ言ってアラン・スミスは音速の壁を超えて右京を追い出した。
「そいつの言う通りだ、チェン!」
「その男と心を重ねられるものか!」
アラン・スミスの一言が癇に障ったのか、次いでT3とブラッドベリも怒声をあげた。今は仲たがいなどしている事態でもないはずであり、敵もその異様さに戸惑っているようだが――しかし、自分は確かに感じていた。右手に掲げる宝石が、僅かにだが熱くなりつつあることを。敵側に気付かれないように、自分は掲げていた宝珠をそっと握り、男たちの様子を見守ることにする。
「おいT3! テメェはもう少し先輩を敬いやがれ!」
「貴様のことを先達だとは思ったことは一度もない!」
「かーっ! ムカつく野郎だ! テメェのことをある程度認めてやってるっていうのによ!」
「誰が貴様に認めて欲しいなどと言った!?」
互いに超音速戦闘をしながら口論を続ける二人の男は、ある意味では互いにいがみ合っているという点では意気投合していると言える。むしろ、厳密には互いに力を認め合ってはいるものの、性格的に馬が合わないため、口を開けば憎まれ口しか叩けないといったところか。
自分は隙を見てソフィアの方へと目配せをして――彼女の方もこちらの意図を察してくれたのか頷き返してくれる――来るべき時を待つ。その傍ら、アラン・スミスは今度はブラッドベリの方へと食って掛かり始めていた。
「ブラッドベリ! 俺はテメェが信奉していた邪神ティグリス様の化身だぞ!?」
「貴様が邪神ティグリスだというのなら、仕えることを止めるまで! 我こそが魔族の頂点として君臨し、邪神など下らぬ偶像だったと皆に知らしめてやるのみよ……だが!」
ブラッドベリが言葉尻を強くしたのに合わせ、ソフィアが魔術杖を一回転させ、ルーナ、ハインライン、アルジャーノンの三柱を追尾する熱線を打ち出した。もちろん、強化された第五階層魔術程度で倒れてくれる相手ではないが――次いで彼女が目くらましのため閃光の魔術を放った後に、自分を取り囲むように三人の男たちがこちらへ背を向けて立っていた。
「今だけは……」
「奴らを倒すためならば!」
「背中を預けてやるのもやぶさかじゃねぇ!」
三人から黄金色の光が立ち昇り、それらはこちらの右手に向かって集い始めている。ソフィアが一瞬の時間を稼いでくれたおかげで、こちらも発動するための隙を上手く作れたと言える。しかしまさか、自分を起点に発動することになるなどとは思ってもいなかったが――不器用な男たちからの滾る想いに輝く宝珠を握りしめ、右腕を天へと掲げる。
「いきますよ……トリニティ・バースト、発動!」
「応!」
男たちの気合の入った声が重なるのに合わせ、身体に力がいつも以上のあふれ始める――虎たちの意志が一つになったことで精神感応デバイスが起動し、自分たちの足元から強烈な黄金色の光が立ち上がり始めたのだった。




